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フィーネを抱き上げ廊下を歩くグレンは、荒れ狂う心の内を落ち着けようと息を吐いた。
男爵への怒りも勿論だが、なにより自分に対しての怒りの方が何倍も大きかった。
(僕はこの子が一人で戦っていた期間、学園でおそらく誰よりも長く側にいた)
初めてフィーネがグレンに接触して来たのはフィーネが編入してから1年後だった。
その頃のグレンは、令嬢と遊ぶ事を辞め、アリス達と会わないようにただ日々を怠惰に過ごしていた。何もかも面倒だった。
そんな頃に接触して来たフィーネを拒否もせず受け入れもせずのらりくらりと半年。
「今日でここに来るのは最後にしますね。」
そう言った次の日から、彼女は来なくなった。
今思うと、彼女は心の奥の孤独と闇をほんの少しだけ見せてくれていたように思う。
浮ついた言葉を僕にかけながら、ほんの少しだけ。
なのに僕は、気付かないフリをした。
彼女がどういう人間でも正直どうでもよかったのだ。
アリスと殿下に害をなそうとするならば処理すればいいし、違うなら放っておく。
だから、あのパーティーの夜、証拠の娘を連れて来たのだ。
しかし彼女はあの少女を僕が連れてくるだろうと予想していた。
「フィーネ様に、言われたのです。男爵から逃がしてあげる代わりにお願いを聞いてほしいと。」
少女は、無罪放免となり遠くの街の孤児院に行くことになった。
傷ついたのは、フィーネただ一人だ。
あの時、少しでもフィーネを理解しようとしていたら、何かが変わっていただろうか。
ぐっとフィーネを抱く手に少しだけ力が入る。
部屋に着くと、起こさないようゆっくりフィーネをベッドに下ろした。
男爵に足蹴にされたからか、額の端が擦れており、殴られた頬が赤く腫れていた。
ギリと歯を食い縛り、深銀の瞳に剣呑な光を宿した。
(あいつは王城の地下牢だ。これから長い時間をかけて尋問をするだろうな。後で少しばかり遊んでやろう。)
そう決めると、ベッドの脇に座り顔にかかった髪をどけてやる。
「僕は治癒魔法だけは使えないんだよ、フィーネちゃん。」
そう呟くと、まだ青白い頬を優しく撫でた。
コンコン。
扉がノックされ返事をすると使用人が入って来た。
「お医者様を連れてまいりました。治療が終わりましたら、お呼びいたします。」
「うん。頼んだよ。」
そういうとグレンは部屋から出た。
廊下で治療が終わるのを待つ間、グレンはこれからの事を考えた。
(過去を嘆いても仕方がないね。重要なのはこれからどうするか、だ。)
「友になろう。」
彼女が辛い時に今度こそ側にいられるように。大変な時には手を貸せるように。無茶をさせないように。
『友』という堂々と手を出せる資格を名乗ろう。
そう決めたグレンは、パラパラと降る雨を見ながらどうフィーネと友になるかを考えるのだった。
♢♢♢♢♢♢
ーーーこれはゆめだ。もうもどってこない、しあわせだったあのころの。
私は小学生の頃、本を読むのが好きなごく普通の女の子だった。両親は本を沢山買ってくれた。あの日もピクニックに行った帰りに本屋さんに行きたいと言ったのは私だ。
「おかあさん、本屋さん行きたーい!」
「えー、今日はピクニックに来たんでしょ?本屋さんはまた今度にしない?」
「やだ!集めてる本の続編の発売日なの!絶対今日がいい!」
「はは!さくらは本当に本が好きだなぁ。いいよ、ちょっと寄り道して帰ろうか!」
「ありがとう、お父さん!大好き!」
「えー?、お母さんのことは?」
「もちろん大好きだよ!!」
パチンと景色が変わった。
「すごい人だねー!」
「迷子にならないように手を繋ごう、フィーネ。」
「私お母さんと手を繋ぐ!」
しゅんとするお父さん。
「お父さんはお母さんと手を繋ぐの!大好きでしょ?」
顔を赤くするお母さんに、優しく微笑むお父さん。
「そうだね、大好きだよ。もちろんフィーネのこともね。」
「うん私も二人が大好き!」
幸せだった。すごくすごく。
サラサラサラと幸せな幻影は全て崩れ去り、残ったのは私だけだ。
(真っ暗だ)
何も見えない。自分もこの闇に溶けて消えそうだだと思った。もう、それでもいいかな…そう思った。
あれから、どれくらいの時間が経ったのか分からない。
ふと、声が聞こえた気がした。
(?なんだか喧嘩してるみたい。この声、アリス様とグレン様だ。クリス殿下にラウール様もいる?あ、リオだ)
なんだか可笑しくなりクスクスと笑いが漏れる。
(そうだ、皆怒ってるだろうな。結局迷惑かけちゃった)
その時、頭上から月の光のような淡く優しい光が降って来た。
(戻らなきゃ)
過去の幸せにしがみついても、苦しくなるだけだ。もうあの頃の純粋な私も、いない。
私を心配してくれたアリス様と、アリス様が大切にしている人達の為に私の持ちうる全ての力を使おう。そしてアリス様と殿下の推しカプを陰ながら支えるのだ。
「バイバイ。お父さん、お母さん。」
降り注ぐ光に目を閉じた。
きっとこの光は私を連れて行ってくれるはずだ。




