第26話 迷宮核――侵食されるもの
迷宮の最深部へ続く通路は、もはや“通路”と呼べるものではなかった。壁も床も、黒く変色し、脈打つようにゆっくりと動いている。まるで巨大な生き物の内部を歩いているような感覚だった。
「……完全に別物だな」
「はい」
リラも周囲を見ながら頷く。
「ここは通常の迷宮構造ではありません」
レンが短く言う。
「侵食されている」
その言葉が一番しっくりきた。
侵食。
迷宮そのものが、何かに書き換えられている。
足元を見ると、黒い筋がゆっくりと広がっているのが分かる。それはまるで血管のように枝分かれし、壁へと繋がっていた。
「これ全部……繋がってるのか?」
「おそらく」
リラが答える。
「中心から広がっていると考えられます」
「中心……つまり迷宮核か」
その時だった。
ドクン。
強い振動。
全員が足を止める。
「来てるな」
ガルドがニヤリと笑う。
「この先だ」
通路の先が開ける。
大きな空間。
いや、空間というより――“部屋”だ。
中央にそれはあった。
巨大な結晶。
黒く、歪んだ形。
表面は滑らかではなく、何かが内側から蠢いているように波打っている。
「……これが」
「迷宮核……」
リラが息を呑む。
だが、違う。
「いや」
「これ、普通じゃない」
明らかに異常だ。
色も、形も、状態も。
そして――
結晶の前に“それ”はいた。
人の形をしている。
だが、完全な人ではない。
身体の一部が黒く侵食され、結晶と繋がっている。
迷宮核侵食体
Lv???
「……人間?」
俺が呟くと、その存在がゆっくりとこちらを見る。
「……ああ……」
声。
確かに人の声だ。
「まだ……来るのか……」
ガルドが前に出る。
「お前が原因か」
侵食体は少し笑う。
「原因……?」
「違う……」
「俺は……なっただけだ……」
言葉が途切れ途切れだが、意味は分かる。
「迷宮核に触れたのか?」
リラが聞く。
侵食体は頷く。
「力が……欲しかった……」
「強くなれると……思った……」
その瞬間、空間が歪む。
黒い霧が広がる。
ピロン。
──干渉領域、展開
「来るぞ!」
レンが構える。
侵食体の周囲から、異形体が生まれる。
いや――
生成されている。
迷宮異形体 Lv20
迷宮異形体 Lv20
迷宮異形体 Lv20
「作ってるのか……!」
「迷宮核と接続しています!」
リラが叫ぶ。
「魔物を制御しています!」
つまりこいつは――
「迷宮そのものを使ってる」
ガルドが笑う。
「いいじゃねえか」
「ぶっ壊す」
セリアが言う。
「核ごと焼けばいいでしょ」
「それができればな」
俺は分体網を発動する。
ピロン。
だが――
ノイズが強い。
今までで一番ひどい。
「……ダメだ」
「完全に領域内だ」
レンが言う。
「干渉が強い」
リラも頷く。
「通常の連携は使えません」
侵食体がゆっくりと手を上げる。
「……繋がる……」
「全部……一つになる……」
ぞっとする。
これは分体網とは違う。
共有じゃない。
支配だ。
「来るぞ!」
戦闘開始。
異形体が一斉に動く。
ガルドが正面から斬る。
セリアが焼く。
バルクが受ける。
俺たちも動く。
だが――
噛み合わない。
全員が強い。
でも、バラバラだ。
「くそっ!」
ガルドが叫ぶ。
「数が減らねえ!」
倒しても、すぐに再生される。
「核を壊さないとダメです!」
リラが叫ぶ。
その瞬間。
侵食体がこちらを見る。
「……お前」
俺に向けて。
「同じだな……」
「は?」
「繋ぐ力……」
心臓が跳ねる。
分体網。
こいつも“繋ぐ”能力を持っている。
ただし――
歪んだ形で。
「来い……」
侵食体が手を伸ばす。
黒い霧が迫る。
頭の中にノイズが走る。
「……っ!」
分体網が勝手に反応する。
ピロン。
──強制接続を検知
「やばい!」
リラが叫ぶ。
「ユウトさん!」
レンが割り込む。
霧を弾く。
「下がれ」
俺は後退する。
呼吸が乱れる。
「今の……」
「乗っ取られるところだった」
完全に理解した。
こいつは――
分体網の上位互換じゃない。
別物だ。
「支配型……」
リラが言う。
「連携の対極です」
ガルドが笑う。
「面白え」
「最悪の相手だな」
俺は歯を食いしばる。
でも。
逃げるわけにはいかない。
「……やるしかない」
迷宮核。
侵食体。
そして分体網。
全部が繋がっている。
なら――
ここで決めるしかない。




