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【第2章完結】1円ポーションから始める弱者救済マーケティング ―黄金の滴と賢者の秤―  作者: かっぷ
第一章:メルルゥ・アンブローシア

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8:姫の微笑み

 冒険者ギルド本部の受付嬢たちは、僅かな異変を感じ取っていた。

 ここ最近、初心冒険者たちの姿をあまり見なくなった。

 彼らは遠征費が嵩むことを嫌い、近場で日帰り出来るクエストを回す傾向がある。なので朝と夕方には悲喜交々な若者の顔を見かけていたのだけれど……彼らは何処に行ったのだろう?

 それと、もう一つ。

 数の減った初心冒険者たちをたまに見かけたなら、誰も彼もがカードのような物を持ち歩いているのだ。気になったので、それは何かと尋ねてみると――。

「ああ、コレ? 姫の微笑み、だよ。依頼を達成すると、仏頂面のお姫様が愛想笑いでスタンプを押してくれるのさ」

 彼らは皮肉っぽい笑みを浮かべてそう言った。

 その「姫の微笑み」なるカードは二つ折りに出来る簡素な物で、内側には格子状に区切られた線が引かれている。そして線で区切られた枠内に判子を押す仕様となっており、5個目、10個目、15個目と区切りの良い所には「メルポ無料」「メルポサンド無料」「限定メルポ5本セット」などと書かれていた。

 念の為に上司へ報告はしたものの、バルカスを含め、彼らは誰も意味が分からないと首を傾げるのみ。

 唯一、噂を聞きつけた道具屋ギルド支部長ゼノス・バリンジャーだけが、ピクリと眉を動かして、口をへの字に曲げた……らしい。

 まぁ、そんな大した話ではないだろう。

 受付嬢たちは茶飲み話くらいの感覚でこの話題を扱い、上層部も同様の扱いだった。

 これは一時的な物であり、時期が来れば本部はまた初心冒険者たちで溢れかえる。彼らには簡単なクエストを準備しておこう。

 だが結論を述べるなら。

 初心冒険者たちが冒険者ギルド本部に溢れる状況は、もう二度と起こらなかったのだ。


 その頃――。

「ハハハーーーン!! そりゃそうだ、初心者は全員こっちが吸い上げてんだからさぁ! 割の合わない本部に行くワケねぇ! ハァーッハッハァ!!」

 辺境ダンジョン前の露天にて、今日もまたテオが気味の悪い笑い声を上げている。

「あの笑い方、いつもなの?」

「まぁ、はい……新バージョンですね」

 女子二人が表情を引き攣らせる中、テオは誰かに説明でもするかのようにカードを掲げて叫ぶ。

「コイツは冒険者ギルド支部専用スタンプカード。人呼んで『姫の微笑み』だ! 依頼達成毎に押印し、一定数集まれば特別なサービスを受けられる! これで初心冒険者を囲い込んで逃がさず、依頼の回転数を上げるってワケ!」

「ちょっと、テオ。その名称に物申したいのだけど……」

 とフィオナが言い掛けたタイミングで、丁度クエストを終えた冒険者がスタンプの押印に訪れた。

「はい、ご苦労様……あら、こんなに拾って帰ったの? 今回は素人なりに頑張ったじゃない」

「へへっ、そうかい? お姫様にお褒めの言葉を頂けるとは……恐悦至極に存じます」

「うるさいわよ、さっさと行きなさい」

 とまぁこんな感じで「姫の微笑み」なる名称は、冒険者たちがフィオナの塩対応を皮肉る形で自然発生した。最初の頃は「姫の冷笑」とか言われてたので、彼女の接客が少しマシになったということか。

「ま、目くじら立てることもないだろ? 良い名前だと思うぜ。効果も目に見えて出てるみたいだしな!」

 訪れる冒険者の絶対数が少ない僻地ダンジョン、小端洞。

 現時点で、いま以上の増加は難しいと考えたテオは「呼び寄せる」から「逃がさない」へ方針をシフトさせていた。

 冒険者という母数を減らさないようにすることで、依頼達成数の安定化を図ったのだ。

「これで支部設立条件の一つ、依頼達成数とアクティブ冒険者の数はクリア可能な域に達してる筈……だよな、フィオ?」

「そうね。まだ始めて一ヶ月も経っていないけれど……達成数は482件。冒険者も常時20グループ前後は活動してて……実は、もう既に達成済みなのよね……」

 信じられない物でも見るかのように台帳を覗き込む。

 しかし油断は禁物と、フィオナが表情を引き締めた。

「でも達成件数に反して収益が低いから、二つ目の条件である独立採算は未達成。これはどうするつもり?」

「それについては考えがあるから、ちょっと後回しにしよう。先に三つ目の条件、付近の脅威度を下げるって方から着手しようと思う」

 言って、テオが指先をメルルゥへと向けた。

「なぁメル、前に俺が『三つ目の条件だけは、どうにかなるかも』みたいなコト言ってたの、覚えてるか?」

「あー……そう言えば言ってましたね、最初の頃に」

 メルルゥが顎に指先を当てて小首を傾げる。

「テオさんのことですから、安全だ何だってゴネて無理矢理にでも話を通す……みたいなことだろうと思ったんですけど、違います?」

「なんか人聞き悪いけど……まぁ半分正解かな」

 テオは不満気な様子を見せつつ続けた。

「最初に話を聞いた時、この三つ目だけは具体的な達成条件がなかったんだ。だからゴネれば大丈夫かも……と思ったけど、それって相手もゴネれば大丈夫じゃなく出来る、ってことでもある」

 依頼達成件数や独自採算といった目標ならば、達成条件が数値などで明確になっており、成否の判断が容易であり客観性もある。

 しかし地域貢献、安全確保、商業活動の可否などと目標が曖昧である場合、話の持って行き方次第で後からどうとでもなってしまう。

「だからコレに関しては、誰がどう見ても安全だ! 商業活動出来る! って断言出来るくらいカンペキでないと未達成にされちまう……というか、おそらくそうなる」

「なるほど……その為に設定されている条件、ということなのね。なら、私は……」

 フィオナが呟き、目を伏せる。

 彼女に課せられたギルド支部の設立という役割は、それを監査する者の胸先三寸で成否が決まる……となれば、勝ちの目はない。

 大失敗したと自ら申し出ての退職。それを彼女は期待され、無理難題と共に僻地へ飛ばされているのだから。

「待てよフィオ、そんな顔すんなって! 誰が見ても文句なしにカンペキで安全な状況を整えちまえば問題ない、そうだろ?」

 沈むフィオナの顔を覗き込み、テオがニヤリと笑みを浮かべる。

「何か考えがあるのね? でも、そうは言っても……」

 期間は残り一ヶ月と少し。何か手を打ったところで、効果が出る前に期限が過ぎてしまう。

「大丈夫、俺に任せとけ! 間に合わせるさ、必ず出来る!」

「テオ……」

 フィオナが顔を上げる。

 もしかしたら、万に一つの可能性かもしれないが……テオなら何とかしてしまうかもしれない。

 根拠のない微かな希望が、彼の傍には漂っている。

「んでも、こっからはメチャメチャ忙しくなるから覚悟するように!」

 彼の言葉に、女子二人は頷いて返した。

「よし、まずは冒険者連中へのキャンペーン告知だ! 名付けて、ダンジョン魔物掃討大作戦! 今すぐ始めるぞ!」

 こうして三人は、忙しく濃密な超繁忙期へ突入したのだ。

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