9:い、いやぁ! ンっ! んぅっ、んぷぅ……ッ!?
ダンジョン魔物掃討大作戦は、その名の通り「小端洞に巣くうモンスターを一定数討伐する」という依頼の大量発注キャンペーンだった。
依頼者はテオ。キャンペーンということもあって若干ながら報酬には色が付けられており、本部で受ける同等のクエストよりも割の良い物となっている。
初心冒険者たちはこのオイシイ依頼をこぞって受け、同時に瓶回収も行って「姫の微笑み」を受け取る。
彼らにしてみれば超高効率のクエスト回しだ、やらない手はない。
「ちょっ……ちょっと待ちなさいよ! テオ、依頼者の貴方はどうするの!? 私が気付いていないと思って? もう随分と持ち出してるでしょう? 大赤字の筈よ!」
訪れた冒険者から何かしらの荷物を受け取るテオを、フィオナが問い詰めた。
仲介者であるフィオナには仲介手数料が入り、冒険者には達成報酬が入る。しかしテオは金を払うばかりで全く儲けがない。
露店で多少は稼いでいるだろうが、もの凄い勢いでクエストを消化して行く初心冒険者たちに支払う報酬の方が圧倒的に多い筈だった。
「まぁ確かに、大赤字だな。メルがライセンスで稼いでくれてなきゃ、とっくに破産してるかも」
「そんな他人事みたいに……いまも冒険者たちはクエストをクリアしてるのよ!? もう依頼達成件数は十分なんだから、キャンペーンを打ち切ったらどう?」
テオの襟首を掴んでガクガク前後に揺する。
しかし彼は前後に揺られる頭を器用に左右へ振って、彼女の意見を却下した。
「キャンペーン途中で止めたら頑張ってる連中をガッカリさせちゃうだろ。思い切り最後まで走りきろうぜ!」
「何が『走りきろうぜ!』よ、この男は……! ちょっと、乳メガ……メルルゥ! 貴女からも、この男に何か言ってやりなさい!」
フィオナに声を掛けられたメルルゥは、何やら瓶詰めにしていた手を休めると、ちょっと考える素振りを見せつつ振り返る。
「テオさんがやるって言ってるなら、やっちゃって良いんじゃないですか? 大丈夫ですよ、きっと」
「なぁ……っ!?」
フィオナが低く呻く。
ダメだ、コイツら。経済観念ガバガバの夫婦みたいになっている!
このままではダメ夫がバカ嫁の稼ぎを食い尽くし、二人揃って路頭に迷うことに――。
「フィオ、俺たちのことは心配すんな。ちゃんと別の所で稼ぐように考えてるから、お前は自分のことに集中しとけ」
「で、でも……」
現状で既に赤字という結果が出つつある。心配するなと言われても無理な話だ。
フィオナがどうにかテオを説得出来ないかと考えていると、メルルゥが先ほど何かしていた瓶を手にやってきた。
「出来ましたよ、テオさん。試してみませんか?」
「お、丁度良かった。なぁフィオ、コレでも食べて少し落ち着けよ」
そういってテオが瓶の中から取りだしたのは、生魚の切り身だった。
テロリと震えながらヌメヌメと滑光り、海産物感をこれでもかと発散している。
「う……前に言ったでしょう? 私、生魚は苦手で……」
そう言いながらフィオナが顔を背ける。
故郷のエルフ自治領に居た頃は生魚も平気だったのだが、街で過ごすようになって暫く、生魚が苦手になった。
理由は単純に、生臭いから。
「この辺りは内地でしょ? だから輸送に時間が掛かって魚の鮮度が落ちて……そのニオイがとにかく苦手なのよ。悪いけど……」
「まあまあ、そう言わず。騙されたと思って……さぁ!」
「ひぅ、うぅ……い、いやぁ……! ん、ンっ! んぅっ……んぷぅ……ッ!?」
テオによって半ば強引に口へヌルヌルした物(生魚)を押し込まれたフィオナは、眉根を寄せつつ仕方なしにモグモグと咀嚼する。
口の中に広がる魚特有の甘みと、旨味。プリプリとした食感は心地良い歯応えで、油も乗っていて大変美味だ。そして臭みはというと――。
「えっ……生臭くないわ。お……美味しい」
ニヤリと笑みを浮かべるテオ。その背後ではメルルゥが同じ表情で眼鏡を光らせていた。
「どうして……これは海の魚でしょう? こんな山奥まで運んでいたら鮮度が落ちてしまう……なのに、何故?」
「その秘密は――こちら!」
どん! という擬音と共に取り出された大きめのガラス瓶。先ほどメルルゥが何かしていた瓶だ。
中には魚がギュウギュウに詰まり、謎の液体に浸されている。
その液体は薄い黄緑色で、ユラユラと揺れる度に生命力を感じさせる輝きに満ちていて――。
「まさか――ポーション!? 生魚をポーション漬けにして、ここまで運んだの!?」
「その、まさかです! これは長期効能持続型メルポ。名付けて、メルポ・ロングエステ! この中に入れたお肉やお魚には常時回復効果が働いて、鮮度が落ちにくくなるのです!」
ただでさえ大きな胸を張り、メルルゥが得意気に言い放った。
「どーしてもフィオナさんに、お刺身の三種盛りを食べさせたくて開発しました!」
そう言えば少し前に口喧嘩をした際、夕飯に生魚を並べるとか何とか言っていた。
「う、ウソでしょ……貴女もいい加減、狂ってるわね」
鼻を鳴らすメルルゥを目の当たりとして、フィオナは改めて思う。
この乳メガネ、ポーションに関しては紛れもない天才なのだ、と。
普通は思い付いても実現出来ない。しかし彼女は類い希な才能と努力、あと偏執性で……それを実現させる能力が備わっている。
「え……でもどうやって運んだの? ここから海まで、かなりの距離があるわよ」
「あー……それはテオさんが、冒険者の皆さんに依頼を出して。ほら、たまに依頼が出てたでしょ?」
確かに、瓶回収や魔物討伐に混じる形で、お使いクエストが出されていた。
てっきり普通の買い出し代行かと思っていたのだが、持続型ポーション瓶を渡して、そこへ魚を詰めて戻る。そんな依頼が出されていたようだ。
そして依頼を受注した冒険者たちは、瓶詰めの生魚を携えて順次到着し始めている。
「なあフィオ、さっき食った魚どうだった? お客に食わせて、金を貰えるレベルだと思うか?」
「えっ……そ、そうね……美味しかったわ。値段にもよると思うけれど……お金を取っても大丈夫じゃないかしら」
フィオナがそう言うと、テオとメルルゥが顔を見合わせて頷き合った。
「よぉし、決まりだ! 次の策はコレで行く……やるぞメル、準備はどうだ!?」
「はい、もう準備完了してます! 今すぐにでも始められますとも!」
「おっしゃあ! 盛り上がって来たぜ!!」
勝手に盛り上がった二人は、意気揚々と走り出し、何故だかダンジョンの中へと入って行った。
「えっ!? ちょっ……ど、何処へ……あぁ、冒険者さん。何かしら? え、姫の微笑み? あぁ、ハイハイ……ご苦労様、と」
フィオナは何時の間にかカウンターへ列を為していた冒険者たちへ、スタンプをペタペタと押しながら、二人が消えた小端洞の入口を眺め続けたのだ。




