4:だから一言多いんだって
「昨日は、世話になったわね」
開口一番そう告げたフィオナに、テオは、そして寝ぼけ眼のメルルゥも心底驚いた。
それは、これまでの彼女からは到底考えられない、しおらしい台詞だった。
「ああ、まぁ……気にすんな。俺たちも大したこと出来たわけじゃないし」
「それでも……助かったわ。ありがとう」
今日のフィオナは普段と違う。それをひしひしと感じるテオ。
そもそも格好からして違う。
普段はきっちり結い上げる髪を下ろし、ゆったりとした服を着ている。着替えが全部濡れたのでメルルゥの服を借りているのだ。
けれど小柄な彼女には少し大き過ぎるらしく、上着のみをワンピースのように着ている……おそらく下には、何も身に着けていない。
小柄な娘が大きめの上着だけを着て、しおらしい態度を見せる。なんだか、とても……背徳的な雰囲気だ。フィオナは掛け値なしに可愛いので、余計にドキドキしてしまう。
しかしテオは頭を振って煩悩を振り払うと、ずっと考えていたことを彼女に告げた。
「なぁ……もう、止めにしないか」
「え……」
ビクリ、とフィオナが身を震わせる。
その表情から伝わり来る、緊張、不安、焦燥……これだけで彼女がどれだけ過大なストレスに晒されていたのか、良く分かる。
「冒険者ギルド支部……普通に考えて、無理だろ。たった一人でゼロからの立ち上げ。ノウハウもなし、交代要員もなし……馬鹿げてる」
「あ、う……よっ……余計なお世話よ! 今はまだ軌道に乗っていないだけ。すぐに本部を超える規模の――」
「その規模になるまでに、何回くらい嵐が来ると思ってるんだ。その度に何もかもびしょ濡れになって、夜も眠れずに……身体が保たない」
フィオナは言葉を詰まらせる。
彼女も分かっているのだ、自分が言っていることの実現可能性がゼロであることを。
「で、でも私は……! 誰が何と言おうと――」
フィオナが口調を荒げ、必死の反論を繰り出そうとした。しかしテオはそれを片手で遮り、口を開く。
「だから手伝わせてくれよ、俺たちに。冒険者ギルド連合、東部管轄第二支部……本部を超える規模にする、その手伝いを」
「……っ!?」
フィオナの表情が、信じられない物を見た時のように変わる――昨夜に続き、二度目だった。
「えっ、あっ……でも、そんなの……で、出来る筈が……」
「なに、最初はアルバイト扱いで構わないさ。暫くして軌道に乗った頃に正規雇用か外部委託か、その辺りの詳細を詰めるようにしよう」
この男は一体、何を言っているのか? 自分の口で言ったばかりではないか、普通に考えて無理だと。
それなのに――。
「俺は、独りじゃ無理って言っただけ。皆で力を合わせれば……無理じゃない。きっと出来る。やって見せる!」
根拠のない自信と笑い飛ばすことも出来た。
馬鹿にするなと突っぱねることも出来た。
しかし――何故だろう? 目の前にいる男からは、これまで自分に擦り寄ってきた者たちとは異なる、奇妙な可能性を感じる。
「……お願い、するわ。私に……力を貸して」
「契約成立だな」
差し出されたテオの手を、フィオナが握り返す。
故郷の舞踏会で触れて以来、数年ぶりに触れた男の手は、荒れていてゴツゴツと固く、それでいて温かく大きな物だった。
「でも……いいの? 勝手に決めてしまって。そこに居る薬師の娘、貴方のパートナーでしょ?」
二人が視線を向ける先。そこではメルルゥが、いつの間にかスカスカと寝息を立てていた。
夜更かしが苦手で眠りの深い彼女が、こっそり起き出したテオに気付けた理由。彼女もフィオナが気になって眠れなかったのだ。
「ん? ああ平気さ、事後承諾で。焼き鳥でも食わせて機嫌取っとけば、何とでもなるよ」
「ふぅん……チョロい娘ね」
そう言ってプラチナブロンドの髪をかき上げ、フィオナは呆れたような視線をメルルゥへと向けるのだった。
その日の夜。
テオとメルルゥが拠点としている野営地にフィオナが加わり、三人が焚き火を囲む。
火には鍋がかかり、その中ではシチューがコトコトと煮えて芳醇な香りを辺りに漂わせていた。
「食いながらでいいから聞いてくれ。まずは状況を整理するぞ」
焚き火の炎に照らされてオレンジ色になったテオが二人を見渡し、言葉を続ける。
「まず、達成条件。フィオナの支部設立を本部が認めれば達成なワケだが、その条件は何なのか。ただ単に、設立する! って宣言するだけで済むのなら、フィオナがやって来て看板立てた時点で成立してるわけだからな」
「そりゃあ依頼を沢山回して、ある程度以上の期間でそれを続けて……冒険者さんたちが、ここを支部だって認識したら完了じゃないですか?」
メルルゥがシチューを口に運びながら言った。夜に弱い彼女だが、今日は昼間にぐっすり昼寝したので目が冴えているらしい。
そんな彼女にフィオナが反論するかのように口を挟む。
「間違ってはいないけど、それだけじゃ不足ね。冒険者ギルド本部が支部設立の条件にしている正式承認条件があるの……まぁ世間知らずの素人は知らなくて当然だけど」
「う、うぎぃ……ッ!!」
「ちょっ……フィオナはいちいち噛みつくな、一言多いんだよ! メルルゥも、そのくらいで涙目になるな。元気出せ! それで、その承認条件っていうのは?」
テオが二人の間に割って入り、続きを促した。
「条件は三つ。それを三ヶ月以内にクリアするのが条件なのだけど……程度の低い貴方たちにも分かり易いように、かみ砕いて説明してあげるわ」
だから一言多いんだって……とぼやくテオを無視し、フィオナが説明する。
「まず一つ目。累積アクティブ冒険者数の達成。三ヶ月間の依頼達成件数、および所属冒険者の稼働数が一定数を超えること」
一呼吸置いて、フィオナが続ける。
「次に二つ目。支部独自の収益確保。本部からの予算に頼らず、支部の収入のみで運営費を賄うこと」
ふむ、と唸るテオをチラリと確認するフィオナ。次が最後だ。
「三つ目。環境整備及び地域貢献。周辺地域の安全を確保し、商業活動が可能なレベルまで脅威度を下げること」
以上よ、と会話を締めくくり、フィオナは上品な手付きでシチューを掬い、口へ運ぶ。
「なるほど……三つの内容がある程度連携してて、どれかを達成すると他も自動的に達成が近付く仕組みになってるのか。まぁ……理に適ってるな」
腕を組み、テオが夜空を仰ぐ。
「けど現状だと、どれも全然届いてない。唯一、三つ目だけは屁理屈でどうにかなりそうな気もするけど……依頼達成件数ゼロじゃあ、どうゴネても突っぱねられるだろう」
「う……そ、そうね」
口惜しげな様子のフィオナに、メルルゥがニンマリと笑って「プークスクス」と鼻息を漏らす。だから、そういうことをするから……。
「方策についてはテオ、貴方に一任するわ。乳しか能のないエセ眼鏡な飯炊き女の空っぽ頭では、逆立ちしても良い案など出て来る筈がないもの」
「なぁ……っ!? ひ、人が作ったシチューをモリモリ食べておいて……こ、この……このぉ……っ!」
ほらぁ、フィオナの反撃を食らって涙ぐむことになる。
「あぁ、もう……メルルゥは人の弱みにつけ込んでドヤらない! フィオナは返す刃で斬り付けない!」
この二人、相性が悪すぎる。
「チビ貧乳の濡れネズミなクセして! そんなんじゃ、どうせ友達いないでしょ!? やーい、バーカ! ぼっちエルフ!」
「何ですって!? 山から下りてきた野良タヌキ同然のタレ乳女に何を言われた所で……ふ、ふんっ! 気にもならないわ!」
「止めろって、お前ら少しは仲良くしろよ……」
テオの苦労を労うように、仰ぎ見た夜空には、美しい星々が無数に瞬いていた。




