5:ストッキング脱がすとか、コイツは分かってない
硬質な木材が用いられた廊下を、どった、どったと重く粘着質な足音が行く。その後を追うように、ツンと鼻を突くキツい香水の香りが漂って、すれ違う誰もが思わず息を止めた。
指に嵌めた無数の指輪がジャラジャラと擦れ、そこにフゥフゥと苦しげな吐息が重なる。
バルカス・ヴォル・グリード。役職は、冒険者ギルド本部、外務監査官。
今日も彼の肥満体は、汗と皮脂に覆われていた。
「うぅン? ちょっと、そこのキミぃ……」
バルカスの甲高い声が響き、視線の先に居た女性職員が身を竦める。
「あ、はい……私でしょうか」
「そう、キミだ……そのスカートは何だね?」
呼び止められた女性職員が着ていたのは、冒険者ギルド受付嬢の制服(フィオナと同じヤツ)だ。白と水色のシャツが清潔感を感じさせ、短めのスカートから覗く脚のラインが艶めかしくも美しい。
だが……バルカスは、その脚に指を指す。
「冒険者ギルド、就業時の衣服に纏わる規約に、こうある。傷病時など特別な場合を除き、ギルドの認めた衣服以外の着用を禁ずる、と。キミのそれは……ストッキングじゃないのかネ?」
女性職員は薄いブラウンのストッキングを身に着けていた。
最近になって服飾ギルドが開発した魔法のような繊維で出来ており、オシャレ女子に人気なのだが――。
「冒険者ギルドが認めた衣服に、ストッキングは含まれていない――規約書、起動。検索開始」
バルカスが言うと、彼が持っていた分厚い本が淡い光を帯びる。そしてパラパラと自動的にページがめくられて、途中でパタリと止まる。
「やっぱりネ。規約書に、ストッキングは含まれていないことが確認された……脱ぎたまえ」
淡々と言い放つバルカス。
彼が持つ本は、冒険者ギルドの規約が網羅された魔法の本だ。数千を超えるページ内から半自動で規約の検索が可能であり、監査官のみが所持することを許される特別製である。
「すいません、承知しました……着替えてきます」
頭を下げ、立ち去ろうとする女性職員。だがバルカスは彼女を呼び止め、こう言った。
「いいや、ココで脱ぎなさい。今すぐに」
「……!?」
驚きに目を見開く女性職員。ここはギルドの廊下であり、他の者も大勢居る。そんな場所でストッキングを脱げ? 普通では考えられない。
「何だ、嫌かネ? なら監査室に移動して、私と二人きりで脱ぐかな? 別に、ソレでも構わんが――」
「わ……分かり、ました……」
女性職員が口惜しげに目を伏せ、ストッキングに手をやろうとした、その時。
横合いから別の男性職員がバルカスに声を掛けた。
「あのー……バルカスさん。そういえば、あの件ってどうなりました? ほら、例の……えっと、ハーフエルフの受付嬢ですよ」
「うン? あぁ、僻地に飛ばした小娘か……」
バルカスの意識が逸れたタイミングで、早く逃げろと男性職員が目配せを送る。
「ギルド支部を作るように指示したんと聞きました。もう一ヶ月が経ちますが、進捗の程は届いておりますか?」
「あぁ届いておるよ。だが成果なし……予想通りになァ……!」
そそくさと逃げ果せた女性職員に気付くことなく、バルカスはニンマリと口端を歪めた。
「ま、当たり前だ。あの生意気な小娘は気付いておらんだろうが、あのような僻地でギルド支部設立の三条件を満たすことは土台無理なのだ。何故ならば――」
そして聞かれてもいないことを得意気に語り始める。
バルカス曰く。
僻地では、依頼達成件数をクリア出来ない。依頼を出す者も、それを解決する冒険者も少ない為だ。
同様の理由で資金も集まらず、独自採算など夢のまた夢。
当然、冒険者がいないのだからモンスターは討伐されず、脅威度は下がらない。環境整備や地域貢献もままならず、達成は不可。
「ワシとしては……あの気位の高い小娘が自力でモンスター討伐をしようと、ズタボロになる姿を見たい所だが……キミたちも、そうだろう? あの娘には、散々苦労させられたのだからネ」
「ま、まぁ……そうですね。情報共有ありがとうございます、では、これにて失礼します!」
役目は終わったとばかりに、男性職員はさっさと姿を消した。
取り残されたバルカスは、周囲を見渡して……。
「はて、何をしていたか……まぁ、いい。監査官は、忙しいからな」
独り呟き、誰も居ない廊下を、どったどったと歩き始めたのだ。
その頃――。
「というわけで、冒険者ギルド支部設立の条件は全て、達成が不可能だ」
辺境ダンジョン小端洞の前、昼休憩の合間にテオは女性陣へ向けてそう語った。
「ふ、不可能って……そんなの、やってみなければ……」
「ここまでやってみて分かったろ? 依頼達成のボーダーは、一ヶ月平均で100件。既にゼロ件のまま一ヶ月が経過してるから、残り二ヶ月の現状だと平均150件が必要だ」
一日に5件の受注で達成可能なので一見すると簡単そうに思えるが、冒険は一日で終わるとは限らず、失敗もある。休みも考慮するなら尚更にハードルは上がる。
「それに達成件数も何も、依頼自体がゼロなんだ。普通に達成しようと思ったら、最初の一ヶ月で依頼を掻き集める必要があっただろうな」
「う……ぐぅ」
フィオナの口からぐぅの音が漏れる。
彼女とてサボっていたわけではないのだが……今になって無為にカウンターへ立ち続けた一ヶ月が悔やまれた。
しかしその一ヶ月があったことで、テオたちは彼女を手助けする気になり、彼女も助けて欲しいと思うようになったのだから……まぁ悪いことばかりでもない。
それに、そこそこ長い付き合いとなってきたメルルゥは、テオの思惑を敏感に察していた。
「テオさん、“普通”に達成しようと思ったら……ってことは、何か考えがあるんですね?」
「ま、そういうコト。よぉし……こっからは幾つかの作戦を同時進行で行う。フィオナにも、メルにもガンガン動いてもらうから、そのつもりで頼むぜ!」
力強く立ち上がるテオに、女性陣が続く。
「任せてください! まあ、このボンヤぼっち女の無駄な一ヶ月がなければ、もっと余裕あったのにと思わなくはないですけども……」
「ふんっ! 私としては、居眠りメガ乳女が足を引っ張りやしないかと、それだけが心配ね」
そして始まる睨み合い。
「いやだからぁ、何ですぐにケンカになるわけ? メルはそんなキャラじゃないでしょ!? フィオもなんだ、そのメガ乳女って? 眼鏡と巨乳を掛けてんのか!? 上手いけども……!」
このようなゴタゴタの中、冒険者ギルド支部設立作戦は動き出したのだ。




