3:嵐の夜に
小端洞の前にフィオナがやって来てから、三日が経った。
「おいテオ、どうしてあの娘がここに居るんだよ。聞いてないぞ」
「知るか、こっちが聞きたいよ」
すっかり顔なじみとなった青年冒険者が、テオにヒソヒソと耳打つ。
「あのミカン箱の所で座ってるの、受付嬢のフィオナだろ? うちの女どもと相性悪くて……あぁ、ほらもうピリピリしてる!」
分かる……と内心で深く頷いて、テオは背後で調薬を行っているメルルゥの様子を伺った。
「………………」
黙りこくったまま手元に集中する彼女だったが、どこか雰囲気が刺々しい。三日前からずっと、この調子だ。
冒険者たちに話を聞いたところ、フィオナは近隣のギルドで最も有名な受付嬢だった……勿論、悪い意味で。
プライドが高く、勝ち気で潔癖。他人を見下す尊大な態度と歯に衣着せぬ物言いで、受付業務をまともにこなすことも出来ず、彼女の立つカウンターは常に閑古鳥が鳴く。
それでも彼女の類い希な美貌に惹かれて声を掛ける男は居るらしいが……他の者とさえ正常にコミュニケーションが取れない彼女を軟派男が御せる筈もなく、すぐトラブルになって……後は言わずもがな。
これが一度や二度の話ではないらしい。
「やっぱな、そうだと思った」
ここまでを聞いて、テオは確信を得る。
彼女は飛ばされたのだ。
無理難題を押し付けて僻地へ派遣。そして音を上げるのを待つ……追い出し部屋とか呼ばれる昔ながらの手法だ。
すぐ解雇すれば良いじゃないかと思われるかもしれないが、家柄か、大口の取引先か……きっと冒険者ギルドには、フィオナを蔑ろに出来ない事情があるのだろう。だからそのように回りくどい手法を使い、彼女を自主的に辞めさせようとしている。
「ふーん……辞めた方が良いんじゃないですか? 本人の為にも、周りの為にも」
その話をメルルゥにしてみたが、彼女は素っ気ない。
確かに、一理ある。無理をして適性のない仕事を続けるよりも、自分に合った仕事を探す方が建設的で健康的だ。それは決して逃げではなく、前向きな前進なのだから。
けれど――。
「あ!」
テオが考え込んでいると、冒険者ギルド支部と書かれた看板が倒れてフィオナが押し潰された。
彼女はどうにか看板の下から這い出すと、位置を直して釘で打ち付けている。しかし工具の持ち合わせがないらしく、その辺の石で打つものだから釘は曲がって深くは打てず――。
「あっ!」
また倒れた。
ちょっと可哀想になったので金槌を貸してやろうかと思うテオだったが――背後からのプレッシャーを感じ取り、浮き掛けた腰をそっと降ろす。
何せ少し手を貸しただけでメルルゥの機嫌が滅茶苦茶悪くなるのだ。昨日など飛んできた紙を拾っただけで舌打ちされた……あまりにも割に合わない。
フィオナもフィオナで、手助けをされたからといって礼を述べるでもなく、下々の輩は自分のために働いて当然、といった態度。
関係は悪化の一歩を辿るのみだ。
まぁちょっと可哀想ではあるが、自業自得。触らぬ神に祟りなし。
冒険者たちにしてみてもそれは同じで、彼女が居てもチラッと視線を向けるのみ。彼女に話しかけて依頼を受けよう、という者は誰一人いなかった。
そんな状況のまま、一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、三週間が経過した。
その間、フィオナに話しかけた冒険者はゼロ。当然、依頼の斡旋などといった業務件数もゼロだった。
「どんだけ避けられてるんだよ、あいつ」
誰にいうでもなく呟いて、テオは露店の後片付けに入る。
時は夕暮れ。強くなってきた風が、山の向こうから重たい雲を運んで来るのが見える。
「おいメル、なんか雨が降りそうだからテントの準備頼む。あと寝床の確認しといてくれ」
「分かりました」
晴れた日であれば野営地で焚き火を囲みながら寝袋に包まるのが普段のスタイルだ。けれど雨が降り風が吹く日には、大木の間にしっかりとテントを張って雨風を凌ぐ。そしてもっと強い嵐の日には、安全第一とばかりに野営を諦めて早めに宿場へ移動する。
今夜の雨は、どちらにするか判断の迷う物であったのだが……。
「ふむ……」
ちらりとフィオナの方を伺うと、彼女も店じまいの準備をしていた。といってもミカン箱を退けて、何も書かれていない台帳を仕舞うだけなので、片付けは一瞬だ。
そしてテオたちとは反対側の林に張ってある簡易テントへと潜り込む……三週間前にテオが張ってやったテントだ。
彼女は簡易テントを持っていたが、張る手順を知らず右往左往していた。なので見かねて手伝った……というか、全部テオがやった。
当然メルルゥは不機嫌になったが、流石に着の身着のままで野宿はキツ過ぎる。何せフィオナは寝袋も、毛布さえも持っていないのだから。
そして張られたテントは、今もなお使い続けられている。普通は一泊毎に片付ける物だが、片付けたら二度と自力では張ることが出来ないので、そのままだ。
簡易テントは風に弱い。あまり強く吹くようなら宿場への避難を促すか、せめてテントを固定し直したい所だったが――。
「何してるんですかテオさん、行きますよ」
メルルゥに促されたテオは、後ろ髪を引かれつつ、その場を後にしたのだった。
その夜。
風は予想していたよりも強く、吹き荒ぶ風は雲を運び、多くの雨を呼び込んだ。
「最近、天気が不安定だな」
激しくテントを叩く雨音を煩く感じながら、テオが呟く。
隣ではメルルゥが寝袋に包まれて安らかな寝息を立てている……アルラウネのハーフである彼女は、とても夜が弱いのだ。
「大丈夫……かな?」
横薙ぎに叩き付ける雨を感じる度、クソ生意気な貧乳チビエルフ(メルルゥ談)の顔が思い浮かぶ。
メルルゥは彼女を嫌っているが、実のところテオはそれ程でもない。
フィオナは冒険者ギルドを追い出されようとしている。それはきっと彼女も気付いている筈だ。だったら、どうしてすぐ辞めてしまわないのだろう?
気位の高い彼女のことだ。普段なら「支部の設立? こっちから願い下げよ」とか言って断り、いつもの他人を見下す視線を投げかける筈。なのに何故こんなにも長く耐えているのか。
誰もこないカウンターで無為に座り続け、馴れない野宿を何日も繰り返す。食事は固い干し肉を炙った物と、川の水。洗濯をミスった生乾きの服を着て、夜は獣の遠吠えに怯えながら目を閉じる。
そして、それらを愚痴る話相手すら彼女にはいない。今まで、ずっと。
だが、それでもフィオナは耐えている。背筋を伸ばし、泣き言ひとつ言わず、真っ直ぐに前を向いて辛抱強く耐え続けている。
何がそこまで彼女を頑なにさせるのか。ギルドが彼女を辞めさせたいように、彼女にもきっと辞めるわけにはいかない理由があるのだ。
可愛い女の子だから……という補正が入っていることは事実。しかしテオは必死に頑張る彼女をどうしても嫌いになれない。
「……念の為だ」
メルルゥを起こさないよう、雨具を着けてそっとテントを抜け出す。
外の風雨はテント内で想像していたよりも遙かに強く、剥き出しの顔や手足はあっという間にびしょ濡れになってしまった。
「こりゃマズいな」
明らかに簡易テントで凌げるレベルを超えている。
テオは小川のようになっている道を、フィオナの野営地へと駆けた。
そして小端洞の前を通って彼女のテントが近付いた頃、雨音に混じって微かな悲鳴が聞こえ始める。
「キャアァァっ! あっ、あぁぁ……っ!!」
見ればテントが風を受けて捲れ上がり、いまにも飛ばされそうになっている。それを阻止しようとフィオナは固定ロープの端を掴み、どうにか踏ん張っていた。
しかしそれも既に限界であったらしく、強く風が吹き付けた瞬間にテントは彼女の手を離れ、バラバラになって飛ばされた。
強い雨は容赦なくフィオナと彼女の荷物を叩き、瞬く間に濡らして行く。
着替えも、保存食も、何もかもが濡れて行く中。彼女は何かを守るように抱え込み、その場へ蹲る。既に彼女自身がびしょ濡れで、少々庇ったくらいではどうにもならないだろう。だが無駄とは知りつつも庇うべき物がフィオナにはある。
それは冒険者ギルドの依頼を纏める台帳だった。
「フィオナ!!」
「……えっ?」
テオが駆け付けるとフィオナはビクリと顔を上げ、心底驚いた表情でこちらを見た。有り得ない物を見た……彼女の表情には、そう書かれていた。
「早く、こっちへ! もう、そこはダメだ!!」
「えっ、あっ……で、でも……」
台帳以外にも置き去りに出来ない物があるのか。だが吹き荒ぶ風雨の中、彼女を庇いながら荷物を動かすのは流石に……。
「テオさん! 彼女は私に任せて!!」
「メル!」
いつの間に着いて来たのか、振り返ればメルルゥがこちらに走っていた。
「さあ、これを!」
メルルゥは撥水性の高いマントを携えており、それで手早くフィオナを包むと彼女を連れて来た道を引き返し始めた。
「ナイスだ、メル!」
大声で叫び、彼女らの背中を見送る。そしてテオはグショグショに濡れたフィオナの荷物を持てるだけ持って、二人の後を追ったのだ。




