18:テオの目標
道具屋ギルド支部長室の窓から外を見下ろすと、丁度さっきの二人が――テオとメルルゥがギルドから出て行く所だった。
馴れない長時間の交渉で疲れたのかグッタリとした様子ではあったが、陰鬱な様子はなく、どこか足取りは軽い。
「……ふん」
ゼノスは僅かに残っていた珈琲を飲み干して、軽く息を吐く。冷えた珈琲は酸味が強く感じられ、あまり美味しくはなかった。
――今回の交渉は、かなりタフな物だった。
最初に提示した出店許可と薬師免許を二人に受け取らせることが出来たなら、メルポの流通を規制しつつ彼是と難癖を付け、連中を他の地域へ追い出すことくらいは出来ただろう。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
テオ・ヴァン・クロムは自分たちの強みを活かし、道具屋ギルドの状況までも正確に把握して、あろうことか折衷案を示してきた。それが「ポーション用フレーバーのライセンス契約」だった。
それは現行の市販品にメルポ同様のフレーバーを付ける「フレーバーエキス」の製造手順を提供し、見返りとしてライセンス料を払うという契約だ。道具屋ギルドはライセンス管理を代行してマージンを受け取る。
現行ポーションに味を付ける……即ち市販品の二次利用に関しては厳しい取り決めがあるものの、ユーザーが自己責任で行う分についての規制はない。
彼らの提供する「フレーバーエキス」はポーションとは完全に別売りであり、後で加える形。つまり「ユーザーの自己責任」に当て嵌まる。例えるなら「店で買ったジュースにユーザーが勝手に砂糖を加えて飲む」という形なのだ。
しかも「味を変える」のみであり、薬効には影響を与えない。念には念をと、術士ギルドの鑑定書付きだ。
しかし、それでも……とゼノスは粘ることも出来た。だが、それを許さない背景がある。
他ギルドからの突き上げだ。
術士ギルドと戦士ギルドから「ウチが認定した道具を危険物扱いとはどういう了見だ」と苦情が入っている。支部長として、これは無視出来ない。
しかも道具屋ギルドの正規ライセンス店から「メルポを売りたい」との陳情書が届いており、既に販売を始めている店舗もある。このまま放置すればギルドから抜ける者も出るだろう……内部崩壊の始まりだ。
更には冒険者たちの間で「道具屋ギルドがメルポを規制してる」と噂が立ち始めた。根も葉もない……と言いたい所だが、事実なので否定できない。
購買層の半数以上を占める冒険者たち。彼らなくして道具屋ギルドは成り立たない。もし不買運動にでも発展すれば、ことは東部支部だけの問題ではなくなる。道具屋ギルド連合全体に波及する大問題だ。
冒険者のメルポに対する依存度。彼らにとってのメルポとは傷を癒やすだけのアイテムではなく、過酷な冒険の合間に味わう癒やしの甘露。そこにまで発展していたことをゼノスは気付くことが出来ず、重要度を見誤っていた。元ポーターとして経験を積んだテオとの差が、ここにあった。
つまりゼノスは最初から、メルポの流通をある程度認める以外に選択肢がなかったのだ。
故に規制を強化して製造元を締め上げ、流通を制限し、値段をつり上げるなどして対処しようとしたのだが……折衷案に加えてフレーバーエキスなど持ち出されては、どうしようもない。
「……嫌な男だ」
遠離る背中を見つめ、ゼノスは苦々しい顔で、呟いた。
そして――。
「あぁー……疲れましたぁ……!」
屋台が並ぶ広場、その片隅に置かれた飲食用のテーブル。その上にぐでー……っと伸びて、メルルゥは長く深く息を吐き出した。特に喋ることもなく、その場に居ただけの彼女であったが、それでも疲れるものは疲れる。
「おいおい、あんまダレてると服が汚れるぞ。ほれ、これでも食え」
テーブル上で押し潰された二つのボリューミーな膨らみに気を取られ掛けたテオだったが、串焼きを彼女の口に押し込んで誤魔化す。疲れている時は、特に目の毒だ。
「もぐぅ……いただきます。所でテオさん……道具屋ギルドとの契約って、あれで良かったんですか?」
チミチミと串焼きを囓りながらメルルゥが尋ねる。
事前の打ち合わせで大枠は決めていたが、話の流れ次第ではどう転ぶか分からなかった為、最終的な部分はテオに任せる形としていた。それに不満はないが、あの場では疑問点を尋ねることが出来なかったので色々と気になっていたのだ。
「出店許可と薬師免許は断っちゃうし、フレーバーエキスのライセンス契約は出来ましたけど……結局、メルポは販売出来なくなりましたし……」
メルルゥがしゅん、と肩を落とす。
薬師免許がない為に苦労した彼女としては、免許をくれるなら欲しい、というのが本音だったのだろう。それについては悪いことをしたと思うテオだったが「大丈夫だ」と、新たな串を彼女に渡す。
「ギルドの支部長……ゼノスだっけ? あの堅物が、何の裏付けもなしで免許出そうとするもんか。連中の基準に照らし合わせてもメルの製薬技術は既にライセンスを得られるレベルにある。だから少し手順をすっ飛ばしてやろうか? って言ってただけさ。普通に資格試験を受けても順当に通るよ」
「で、でも……メルポは……」
「そっちも大丈夫さ。商売人ってのは効率が大好きだ。メルポの製造法……つまり効率的な新製法の認可は、ほっといても道具屋ギルドが取って、勝手に管理してくれる。間違いないね!」
そしてライセンス料はメルルゥの手元に入る形となるだろう。頭が硬いトラディショナリストのゼノスであれば、この形が最も理に適う形である為だ。
「多分だけど、半年後くらい? そんな感じの連絡があると思うぜ」
「そんなに先ですか? もう術士ギルドの鑑定も出てるのに……」
「はは……ま、そう言ってやるな。安全性の検証ってのは結構大変なんだ」
口を尖らせるメルルゥにテオが苦笑する。
「ポーションって冒険者が携行するからさ、色々な場所で使われるだろ? 灼熱、極寒……きったない場所で使われるかもしれない。消費期限だってあるし……交渉中にも言ったけど、ギリギリの土壇場で効果が出なかったら人が死ぬからさ。慎重に根気強くやんなきゃダメなんだ」
「そ、そうですけどぉ……」
テオがゼノスの肩を持つことが不満なのか、メルルゥは膨れっ面のままだ。
「だから連中に、その面倒くさいアレコレを全部押し付けてやったのさ。検証、検証、また検証……明日から大変だぜぇ? ニィヒヒヒっ!」
テオが悪い笑みを浮かべ、メルルゥが引く。
実のところ、先の交渉は最初から極めて有利な状況にあり、勝ち筋が見えていた。とはいえ楽勝なわけではなく、詰めを誤れば容易にひっくり返されてしまう。薄氷の上を慎重に渡りつつ、ここぞというタイミングで大胆に駆け抜ける。そんな駆け引きの要求される交渉だった。
失敗するわけにはいかない交渉――道具屋ギルドが二人のことを調べたように、テオも顔なじみの冒険者に頼んでゼノスのことを調べ上げた。人柄、経歴、評判――その中で彼が安全性に拘っていることを知り、それが十数年前の天災に関連していることに気付く。
テオとメルルゥの両親を奪った大災害。その渦中でゼノスはポーションの流通に携わっていた。大量のポーションが必要とされ、一部で粗悪品が出回った。そのせいで多くの命が失われ――真面目で堅物な彼が、責任を感じたであろうことは想像に難くない。
安全性の部分を蔑ろにしなければ、最初からゼノスは敵に成り得ない存在だった。
「まぁ最高の勝ち方ってワケにはいかなかったけど、お前のお袋さんが作ったポーションは認められるだろうし、親父さんが言ってた、みんなに美味しい笑顔を……ってのも、これで達成出来たんじゃねぇの?」
「ん……そうですね、そう思います。きっと両親も、天国で喜んでいます」
言って、メルルゥがにっこりと笑う。
それは柔らかく暖かで、守りたいと心から思える……そんな笑顔だった。
「俺の目標も、無事に達成出来たみたいだな」
「……? 何の話ですか?」
メルルゥは良く分かっていない様子で小首を傾げる。
「いいや、大した話じゃないさ。それより、しばらくはやることないから……何すっかねぇ」
「あ! だったら私、やってみたいことがありまして!」
広場の片隅に置かれたテーブル席には、いつまでも二人の明るい声が響いていた。




