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平等という名の

 携帯を通す事で無事に蒔凛と落ち合えたのは幸運だ。仮にもクラスの長である彼女を直接引っ張り出すにはこの方法しかない。もし出来なければ放課後まで待たねばいけなかった。

 ……選挙に不参加を貫く関係で俺は授業を受けないまま登校しているのだが、それは果たして生徒と言えるのだろうか。社会性も学べなければ知識も蓄えられず、一人だけルールのままに生きている節がある。

「お待たせしましたわ。私に何か御用かしら」

 昨夜自分の部下が殺されたにもかかわらず、彼女は普段使いの調子で挨拶をしてきた。スイッチの切り替え方というか、そういう線引きの仕方はまがりなりにも選挙候補者か。目に見えて弱れば付け狙われると考えたのかもしれない。

「用は大有りだよ。そうじゃなきゃお前の票数に関わりそうな事する訳ねえだろ」

「あら、私の票数を気にして下さるの? それなら投票していただけると嬉しいのですけれど」

「しねえよ」

 軽いノリで投票を勧める辺り、一種の選挙ジョークだ。使ってくる相手は彼女しか居ない。今の所、蒔凛だけが無投票を容認してくれる生徒だ。 三春みたいに疎遠になってしまった奴は例外とする。一々気にする程暇でもないだろうし。

「―――それで、何かしら」

「実は―――校長室からこんな物が見つかったんだ」

 雑談も程々に本題を切り出す。安宿先生から借り受けた紙切れを早速彼女に見せてみた。古ぼけた紙に汚さは付き物であり、俺みたいな一般市民はともかくお嬢様にはその汚さが三割増しで見えていたのかもしれない。受け取る素振りを見せては手を引っ込めるという行為の繰り返しはそこはかとなくシュールであった。

 意を決した蒔凛がそれを受け取り、案の定、首を傾げた。

「十の校則……? この学校にそこまであったかしら」

「やっぱお前も知らないか。じゃあ嘘っぱちか?」

「この紙、下の方が破れてるように見えるわ。校長室で見つかったんでしょ? なら嘘とは考えにくいわね」

「でも実際存在しない訳だしな。校則を生徒に隠す理由はないだろ」

 校則に限らず、ルールという存在は明確な境界線でなければならない。そうでなければ守りようもないし違反のしようもない。隠されたルールはルールになり得ない。 


 しかしこの高校の校則は普通とは違う。


『校則』と銘打ってるにも拘らず、この国に住む人間全てに適用されるものがある。それは果たして校則なのだろうか。ルールそのものが己の存在に対して違反しているのではないだろうか。

「蓮二の言う通りだなんだけど、校長先生がどういう基準で選ばれるか知ってるわよね?」

「前任の支配者だろ?」

「そう。でも私達は支配者の事を何も知らない。私の所だけじゃなくて、全ての財閥が支配者になった後の事を調査しているでしょうけど、きっと何も掴めてないでしょうね。でも確実に知っている人間が一人だけ居る。居た」

「校長先生か」

「私達でも知り得ない情報があるのは紛れもない事実よ。だから十の校則も存在してるのかもしれないわね。でもこれを龍斗君が見逃すとは思えないけど」

 そう。やはりそこが疑問になってくる。俺は改めて状況を整理してみた。


 校長先生が死んでから最初に立ち入ったのは龍斗だ。俺に投票させたいがために証拠隠滅まで図り、この緊急事態をも勝利の踏み台とした男。個人的には真犯人でいい気がする。候補から脱落してくれれば蒔凛もやりやすいだろうし。

 次に立ち入ったのは安宿先生。お蔭でこの紙きれを見つけられたが、事実のみを統合すると龍斗が手助けしてくれた様にしか見えない。あらゆる行為にお遊びを仕込む人間は極少数居るが、財閥の人間にとってこの選挙は一度きりの大勝負。幾ら龍斗に駆け引きを楽しむ趣味があってもここではふざけまい。

 

 つまり龍斗と安宿先生の間に誰かが一人立ち入った。俺の協力者が立ち入ることを予期して証拠を残し立ち去った。そう考えるのが自然ではないだろうか。

「そもそも校長先生はどうして殺されたんだ?」

「恨みを買う人柄ではなかったと存じますわ。簡単に支配者の情報を漏らしてくれるなら我々も苦労していませんし」

「うーむ」

 何もかも足らないのに推理するのは悪い癖だ。どんな名探偵もそこまで当てずっぽうな真似はしない。それでも無理やりに結論を導き出そうとしていると、俺は当初より尋ねたかった質問を思い出した。

 昼休みは残り十分。無駄な質問は出来ない―――というか、無駄な思考を重ね過ぎた。

「なあ蒔凛。昨日……その。お前のとこの運転手が匕首で殺されただろ?」

「……ええ。それが何か?」

「その匕首、どんな色だったか覚えてるか?」

「…………色?」

 彼女の視線に懐疑の色が灯る。エツナさんの存在は安宿先生にしか話していない。それに今までの会話の流れからも言及するにはあまりに不自然すぎた。しかしここしか尋ねるタイミングが無かったのだ。開口一番尋ねてもそれはそれで怪訝な表情をされる未来が見えている。

「急に変な事を気にするのね。色?」

「刃物じゃなくて鞘と柄な」

「木製でしたわ。今は家の方で保管しています。彼を殺した人物には必ず制裁を下すと、そう心に誓ったのですから……」

「し、私刑は駄目だろ」

「ウフフ、そうね。私刑は駄目よね。ウフフ…………」

 多くは語らなかったが、十分だ。蒔凛がこれでは懇切丁寧にお願いしてもあれを返してはくれないだろう。エツナさんは犯人ではないと思うのだが、それを理解してもらうのにはきっと時間が掛かる。身元不明の女性の証言など下心丸出しの俺はともかく、蒔凛が信用する筈がない。

 記憶喪失はつくづく問題しか起こさない。早く戻れ。

「色なんか知ってどうするの? 持ち主に心当たりがおあり?」

「馬鹿野郎。匕首持ってる奴と友達な訳ねえだろ」

 嘘は吐いていない。エツナさんは保護しているだけだ。人を騙す演技は磨いてこなかったので疑われる事は覚悟の上だったが、彼女は近くのベンチに座り込んで、安堵の息を吐いた。

「もし犯人が見つかったら私に教えて下さらない? 報酬は弾みますわよ」

「普通に暮らせるだけで十分なんだけどな俺は」

「お金はあって困るものではありませんわ…………私はどんな手を使ってでも犯人を見つけ出して裁きたいの。蓮二の事、信じてるわよ」





 










 

 困った。

 匕首は返してもらえないだろうし、十の校則も分からない。厳密な収穫がゼロなど最悪な結果は予想していたが、それでもやめてほしかった。お蔭で次の方針が立てられない。俺はどう行動するのが正解なのか。


 ―――他の財閥の野郎は投票を条件にしか力を貸してくれないだろうしなあ。

 

 そして票は多重投票が出来ない仕組みだ。分かりやすく言えば二股三股をするのと同じ、迂闊な判断は修羅場を招く。しかも社会的に危険が危ない(重複表現になるくらいには不味い事態だと思ってもらいたい)。

 後は受け身になって事態が進展するのを待つだけなのかと一瞬諦めたが、まだ出来る事はある。潔白の証明に関係はないかもしれないが、何もやらないよりは気が紛れて良い。もしかしたら何処かで繋がるかもしれないし。

 それとはつまり、エツナさんの嘘についてだ。

 前提情報として彼女は記憶喪失だ。自分の事など何も分からない。曰く身体が覚えている物はあっても、単純な記憶は全て欠落しているそうだが。では何故―――あの時。



『当然だ。あれは私の物だからな。貴殿も何処かで見かけたら直ぐに伝えて欲しい。どうか頼まれてくれないだろうか』

 


 彼女は匕首を『私の物』と断言したのだろうか。倒れたエツナさんを発見したのは俺だが、それまではどうだったか分からない。体に何か仕込まれていても気付くまい。それなのになぜ、断言出来たのだろう。身体が覚えられるのは飽くまでスキル……実体のない経験までだ。物体を思い出そうとするなら確実に記憶が必要になる。

 揚げ足を取ってると言われたら少し悩むが、あそこまで必死になっているくらいだからやはり重要な物には違いない。何故重要なのかと言われれば、それはやはり『自分の物だという認識があるから』だ。

 余程自分に無頓着じゃない限り、自らに所有権があるというだけで人はある程度執着する。それが記憶喪失を嘘とする証左だ。

 彼女の事を知るのは安宿先生と俺のみ。そして立場上動けない。今までは積極的に首を突っ込むつもりはなかったが、本来首を突っ込みたい案件は蒔凛からの情報と事象の流れに身を任せるしかない。

 死体があればそこから死後何時間か推定出来たのだろうが、それも無理。少なくとも放課後のあらゆる時間帯におけるアリバイを証明出来なければ潔白は証明出来ない。だからその術が見つかるまで、エツナさんに意識を向けるとしよう。

 彼女の記憶喪失は何処までが本当で何処までが嘘なのか。そもそも記憶喪失のフリをしているだけかもしれない。一般には存在しない物ばかり身に着けた彼女に何の事情も無いとは言わせないぞ。

 屋上から自分の家が佇む方向を見つめる。視力の関係で正確な判別は全く不可能だが、何故かエツナさんと目が合った……そんな気がしてならなかった。

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