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外には何がある?

息抜き・

 防護マスクを着用しなければいけない理由が分かった。優に百体を上回る死体の山が本来運用を考えられない大きさのトロッコにこれでもかと詰め込まれており、マスクも無しにこの部屋へ入ろうとするのは文字通り自殺行為。死体の山に加わるが如き愚行に等しい。

 しかし無知なるかな、悪臭が酷いと分かっていても、いや分かっているからこそ嗅ぎたくなる人間は確かに居る。俺の事だ。蒔凛に止められなければマスクを脱いでいただろう。

「なんだよ」

「貴方、お馬鹿なの? 死体って一つだけでも凄い臭いがしますのよ。それをこんな……最低限の換気しか行われてない所でマスクを脱いだら昏倒しちゃうわ」

「マジか」

「大マジですわ。あそこの死体に加えられたくないなら大人しく私のいう事に従いなさい」

 行動の動機は飽くまで好奇心によるものなので、理論的に説得を受ければ行動は出来ない。それ以前にこんな所でガスマスクを脱げば完全に正体がバレてしまうので、脱ぐ理由は何処にも存在しなかったりする。

「死体安置所……じゃないよな、これ」

「安置しているとは言えないですわね……これなら私達の方で引き取った方がまだ衛生的ですわ」

 そもそも死体は不衛生なものだという野暮な突っ込みは置いておく。不衛生を結集させた様なこの部屋はきっと防護マスク無しに立ち入って良い場所じゃない。行き交う人々も皆マスクを着用している。あまりの忙しさに棒立ちの二人が居る事には全く気付いていない様だ。

 そんな彼らが何をしているかというと、死体の確認及び詰め込み、部屋の清掃、押し出し機の操作等をしている。(トロッコがデカすぎて普通の手段では動かせないのだろう)パッと見た限りなのでもっと別の仕事をしている人間だって居るかもしれない。全員マスクを被っているせいでハッキリとは言えないが、ここに龍斗は居ない様だ。

「……あのトロッコ、何処に行くんだろうな。外は海しかなくて何も無い筈なんだが……」

「死体を不法投棄するつもりかしら。でもそれなら誰かが気付かなきゃ不自然なんだけど」

「『漁業』を生業にしてる奴いたよな。名前忘れたけど」

「藍理ちゃんの事ね。聞き流してあげますけれど、あそこは過激派が多いから何が起きても知りませんわよ」

「どうせ俺が怪我したら選挙は中止だ。過激派は過激になれないさ」

 さてこの死体安置所……というより放置所だが、校長先生の死体もこの中にあるのだろうか。あったとしてもここまで雑に扱われていると死因とは全く別に損傷していそうで、無駄にリスクだけを取りかねない。

 この光景を見た時点で、俺は校長先生の死体から情報を掴むことを諦めていた。流石に職員数も多いし、死体放置所とは言ったがわざわざ確認を取っている点からかなり計算されて積まれているので、何かを引っ張り出す行為はジェンガにおける重心の掛かった部分を抜くそれに等しい。死体の山が崩れれば潜入がバレるのは勿論、最悪圧死するだろう。

 単純計算だが成人男性二人だけでも総重量は百キロを超える。それが十人二十人と雪崩さながらに崩れれば巻き込まれた人間がどうなるかは想像に難くない筈だ。

「……もしかして、そういう狙いなのかしら」

「あん? 何か思いついたのか?」

「確証はないけど龍斗君―――材緣寺は死体を処理する気ではないかしら」

 それだけでは要領を得ない。相槌を挟んでそれとなく続きを促した。

「ええ、それなら普通に葬式を挙げて火葬すれば良いだろ、なんて思うでしょうね。でもね蓮二、この世界には発見されるだけでも都合が悪い死体があるのよ……正規に死者として扱えない厄介な死体がね」

「……それは、どういうケースなんだ?」

 彼女の言い方はまるで自分もそういう死体を知っていると言わんばかりだが、下手に詮索しない方が身の為であろう。せっかく協力してくれているのに悪戯に敵を増やす必要はない。選挙が嫌いというだけで、彼女に対して全く嫌悪感は無いのだから。

「一つ。死体が発見されて事が大きくなる場合。この場合『事』っていうのは自分の破滅するリスクもある事件ね。例えば……そうね。私が何かしていたとする。私の家で死体が見つかったら本格的に捜査の手が入って、私の秘密までもが世間にバレてしまうかもしれない。だから死体そのものを隠蔽するの。葬式は死者を『認識』する行事でもあるから執り行えないわよね」

「……二つ目は?」

「単純に死者そのものの影響力が大きかった場合よ。例えばこの世界の支配者が死んだとしたら大変でしょ? だから仮に死んでいた、もしくは殺してしまったとしてもそういうのは明るみに出ないの。その方が穏便に済むから」

 もしかしたら支配者の在住地が知られていないのはこういう理由なのかもね、と蒔凛。真実は前任たる校長先生が死んでしまったので闇の中だ。生きていても教えてくれる気はしないが。

「三つ目は?」

「私達みたいな行動を防ぐ為よ。人間は嘘も吐けるし黙秘も出来る。死体には口がない代わりにあらゆる物事を雄弁に語ってくれる。私達の身体は情報の塊なの。知られて不味い情報がそこにあるなら隠蔽しようとするのは当然でしょ?」

 黒い噂がどうのこうのという話をしたが、火のない所に煙は立たない、か。ポンポンと例が出る時点で蒔凛も同じ穴の貉な気がしてきたが、だからこそ糾弾はせず最低限の説明に留めているのだろうか。

「……その辺の奴等に何をしてるのか聞いてみればはっきりするんじゃないか?」

「お馬鹿、職場見学じゃありませんのよ? ここで勤務する職員を装ってるのに仕事内容を尋ねる人間が何処に居るのよ。さっきの『関係者以外立ち入り禁止』の札をもうお忘れになって?」

「ああ……そっか」

 本来の目的は達成出来ないと悟った。これ以上の長居は無用だ、俺達はトロッコが駆動するタイミングに併せて来た道を逆戻りした。



















 隠し通路へ帰還するまでに何人すれ違っただろうか。そろそろバレる気がしたのだが、誰も彼も何かを急いでる様に走り抜けてしまう。二秒も凝視すれば蒔凛の服装がおかしい事など直ぐにバレるというのに気にも留めない。まるで彼女の身体だけが盲点に入っているみたいだ。

「……そういえば、何で自分の建物なのに死体安置所って地図に嘘書いてんだろうな」

「秘密が何処から漏れるか分からないからというのがベターですわね。信用出来る範囲、もしくは自分が管理出来る範囲で立ち入らせているのでしょう。特に材緣寺財閥はグループの大きさで言えば上位に位置しますから」

「そういうもんなのか」

「そういうものなのよ……それはそうと、釈然としないわ。今回の潜入、あまりにも上手く行きすぎだと思わない?」

「運が良かったんだろ」

「それで済む話かしら。私達一回も話しかけらなかったのよ?」

 …………そうネガティブに評価されると確かに不自然だが、世の中には信じられない幸運というものがある。雷に打たれて生存していたり、宝くじに当選したり。それみたいな物だと考えれば納得もいきそうだが、蒔凛は納得してくれなさそうだ。有権者の票を懸けて全力で勝負している彼等は存外リスクを念頭に現実的な思考をしている。

「……何で慌てていたのかしら」

「何かに遅れそうだったんだろ」

「蓮二はもう少し考えなさい。物事の殆どには理由がありますのよ。自分で言うのもおかしな話ですけれど、あんなに人数が居て気付かれない筈がありませんわ」

「えええええ! じゃあ失敗前提だったのかよッ」

「サイズが合わない時点で諦めていたわ。でも気付かれなかった……材緣寺の方も順調ではないのかもしれませんわね。私達の雑な潜入にも気づかない程の問題が起こっていた―――そう考えるのが自然かしら」

「火事場泥棒的なあれか」

「割れ窓理論の時よりは正確ね」

 褒められた気がしない。隠し通路を抜けても待ち伏せはなく、後はトラックの場所まで戻るだけだ。それまでの道中、蒔凛の推測に派生させて俺も考えてみたが、特に収穫は得られなかった。

「あのトロッコについては、後で家の者に調べさせておきますわ。何か分かったら蓮二にも連絡してあげますから、くれぐれも迂闊な真似はしない様にお願いしますね?」

「迂闊な真似って言うと俺とお前の協力関係をばらすなって事だよな。安心しろ、そんな真似はしねえよ。ただまあ……身の潔白を証明するにはまだ時間が掛かりそうだな」

「邦条の名に懸けて、必ずや貴方の潔白を証明して見せますわ。―――今日はもう遅いから、このまま家まで送ってあげる。道案内宜しくね」

「お言葉に甘えた方が良さそうだな」

 誰にも潜入はバレなかった。待ち伏せもされていない。それぞれ釈然としないものを感じながらも今日の所は無事で何よりだ。先に蒔凛が乗ったのを確認すると、その隣に俺も横たわる。

「―――今日はもう引き上げるわ、動かしてッ」

 更け込んだ闇に蒔凛の声が響き渡る。



 …………車は動かない。



 聞こえていないという事は無い筈だ。同じ要領で出発したのを俺も目撃している。

「寝てるのか?」

「邦条にそんな怠け者は居ないわよ。ちょっと待ってて、運転席を見に行くから」

 荷台の背後から出るのが億劫になったのか、彼女は荷台の横から飛び降りて運転席を覗き込んだ。荷台から俺も覗き込むが、運転手の後頭部に変化はない。やはり眠っている説を個人的には推したい。

「―――きゃッ!」

 蒔凛が口を覆いながら壁まで飛びのいた。只ならぬ反応に俺も荷台から降りて運転席を覗き込む。









 運転手は匕首を心臓に突き立てられ、変わり果てた姿となって安らかに眠っていた。、

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