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 中庭は、月の光が満ちていた。

 その光の下、月が綺麗だと言うミツキの笑顔に、俺は息を呑んだ。



 ―――笑顔?

 この状況で、なぜ笑顔でいられる?


 何故だ!


 俺の腕の中で慟哭したくせに、離れるのが嫌だと叫んだくせに。

 なのに、あっさりと「ここには残れない」と言う美月が分からない。分かりたくない。

 俺の心はこんなに騒いでいるのに。ミツキが居なくなる。もう触れることも、抱きしめることも出来ない。声を聞くことさえ…。

 嫌だ。

 そんなこと考えたくない。


 嫌だ。


 それなのに、

 ……考えたくないのに考えずにはいられない。

 それが苦しい、苦しくて―――。


 俺の心が絶望で埋められていく。もう何も考えずにこのまま埋もれていくしかないのか。

 ああ―――、ミツキは居なくなるんだ。

 それもいいのかもしれない。


 なのに、何故だ?

 何故、ミツキは笑っていられる?


 あの僅かな時間で吹っ切れたというのか。全てを受け入れたと?

 所詮その程度ということか?


 違う―――。


 初めから決まっていた事だった。

 少なくとも、ミツキの中では。


 なんだ、余計に悪いではないか。

 俺は、こんなにも望んでいたのに。


 だから…?

 残された僅かな時間をともに過ごしたい、少しでも―――。


 だが、それが何になる?


 そんな俺の悪足掻きが何になるというのだ?



 馬鹿な。

 そんなことをしてミツキの心が変わるとでも?


 ああ…、そうだ。


 ―――俺は諦めきれないんだ。

 まだ―――。


 馬鹿だと思う。

 この期に及んで、まだ期待している俺がいる。


 煌々と輝く満月を、俺も見上げた。



「ルーク、ありがとう」

 ミツキが俺に向かって、微笑んだ。


 何を言っている?

 やめてくれ。

 礼など、欲しいのはそんな言葉では無い。


「私はルークを忘れない。きっと一生、あなたのことを想う。だから、―――最後にお願いがあるの」


 ―――何のことだ?


 忘れない?

 一生想う?


 そんな誓いが何になる?

 心が繋がっていると?


 握った拳に力が入る。





 ―――苦しい。

 ルークが痛々しいくらいに眉根を寄せている。


 また、私がこんな顔をさせた。

 最後は笑顔で…、そう思っていたのに。

 こんなに辛そうなルークを、どうしたらいいのか分からない。

 ルークの握りしめた拳に手を伸ばそうとして逡巡する。


 今更、まだ何をしようと?


 震える手を握りしめる。

 本当は抱きしめたい。抱きしめて大丈夫だと言えたなら―――。


 私は、馬鹿だ。


 彼の、ルークの真っ直ぐな想いを跳ね返して、何が大丈夫?

 笑顔で誤魔化して、それで何が変わるわけでもないのに。

 自分の希望だけを押し通している―――?



 月光に照らされた私たちは、そのまま―――、見つめ合ったまま動かなかった。

 足元の花壇から、小さく虫の音が響いている。

 その音色も、時折吹き抜ける風も、私には何処か遠くに感じていた。



 どれくらい、この『沈黙の時間』を共有したのだろうか。


 いつの間にか、手の震えが止まっていた。

 ルークを見て動揺していたのに、ずっと見ていたら―――、気付いたら落ち着いていた。イケメンキラキラ王子はこんなスキルも持ち合わせているのか。

 私は思わず微笑んだ。



「ミツキは、いつもそうやって、真っ直ぐに俺を見る」

 エメラルドグリーンの瞳が僅かに細められた。

「そして、その笑顔に、俺は振り回されっぱなしだ」

 ルーカスが微笑む。


 ―――ずるい。

 そうやって私のせいにして。

 そのセリフ、そっくりそのまま返したい。

 …でも、ルークの表情が柔らかくなっている。さっきまでの緊張感は影を潜めている。その笑顔を目に焼き付けておきたい私には、何よりな時間。

 それに、ルークが私と同じように落ち着いたのなら、嬉しい。


「それで、何だ?」

 笑顔のままルーカスが尋ねる。


「ふぇっ?」

 ルークに見とれていた私から、変な声が漏れる。


「ミツキの願いだよ」

 相変わらずだと笑うルークの、キラキラ度合いが半端ない。

 危ない。

 笑顔に魅せられて、当初の目的を見失う所だった。


「あ…、あのね、高価なものだとは思うんだけど、でも、これを見ているとルークの事を思っていられる。だから、このネックレスを持って帰っても良いのかって……。ううん、違う。私に…、私にこのネックレスをくださいっっ!」


『お嬢さんを僕に下さい』張りに気合の入った私の言葉。

 このルークの瞳と同じ緑の宝石(いし)。透き通るこの宝石に想いを馳せたい。

 もう二度と会うことがなくても、それでもどこかで繋がっていると―――、そう思えるものが欲しかった。


 私は胸に手を当てた。

 ダメだと言われたらどうしたらいいのかわからない。


「その宝石は―――、透明度の高い翡翠は、稀少な物だ。その中でも更に稀少価値の高い物、ハーヴェロード王家に代々伝わる特別な翡翠の中から選んで俺の魔力を注いである」



 息を呑む。


「王家に代々…」

 ああ―――。

 血の気が引く、その音が聞こえたような気がした。


「スグニ、オカエシシマス」

 カタコトになるのを許して欲しい!

 ってか、何で、そんなものを渡してたのっ!


 傷――、ついてないよね?

 だって“着けていろ”っていうから着けてましたとも!ええ、サッカーの時も肌身離さず!


 慌てて外そうと首に手を回すと、その手をルークに掴まれた。

「ミツキ…」

 ルークが私の瞳を見つめたまま、掴んだその手に指先に口づけてくる。

 食むようなその唇の僅かな動きに、私の指先が…、肌が刺激されぞわりと身体が粟立つ。私を見つめるその眼差しから溢れる熱に、私の頬が熱を持つ。


 口づけが、手の甲から掌へ、そして手首へと移動していく。

「あ、あの、ルーク…」

 心臓がバクバクと激しく動いている。顔から火が出そう…。

 ルークの瞳が私を捉えて離さない。


「ミツキ―――。そんな大切な宝石をお前に渡した意味が、分かるか?」


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