お願い 4
「ミツキ―――。そんな大切な石をお前に渡した意味が、分かるか?」
私の手をしっかりとホールドして口づけるルークの姿に、その瞳に、魂が吸い取られるんじゃないかと思った。眩暈がする。
「わか、…らなっ、い」
というか、何も考えられない。
ルークの左手が私の頬に触れ、優しく包んだあと、下顎をそっと持ち上げる。
エメラルドグリーンの瞳が揺れ、長いまつげが伏せられる。
そして唇に触れる、柔らかな感触。
私の唇を愛おしむように何度も何度も啄んで、その柔らかな唇は離れていった。
「初めて逢った時から、ミツキは俺にとって特別な存在だった。だからその宝石を送った。その宝石はミツキの為のもの、お前の為だけに俺の魔力を込めた」
ルークは透き通った緑色に輝く宝石を手に取ると、そこに口づけた。私には見えないけど、小さなリップ音がしたから、きっとそうだろう。
私としては、胸許に近いところにルークの顔があるのが、何とも居たたまれなくて、恥ずかしくて。
「他の者に渡すつもりはない。この先どうするかもお前の自由だ」
「~~~~~」
肌にかかるルークの息遣いに、もう失神しそうだ。
「わかっ…た。あり…がとう」
やっとの思いで言った私の返事を聞いて、ルークは佇まいを正して頷いた。
「ミツキ、俺は―――、俺はこの先お前以外を望まない」
「…え?」
私は何度も目を瞬かせた。
「何?…どういう事?」
思いがけない言葉に思考がついていかない。
動揺する私を尻目に、ルークは落ち着いている。
「そのままの意味だ」
いや、だから~~。
「そのままって…、それだと、誰とも結婚しないって言っているみたいに聞こえるわよ。マズイでしょう」
まずいでしょ?だから、それを言ってるのよっ!
「まずくない。そう言っている」
なんでドヤ顔?
「は?―――何言ってるの?あなたは王子で、ううん、王太子でしょう?将来国を背負って立つんじゃないの?」
「王太子は弟に譲る。王族でなくなっても構わない。俺はミツキ以外との婚姻は考えられない」
譲るって、何?
王太子を降りるの?
「な、に、言ってるの?―――ルークは馬鹿なの?」
「むっ、永遠の愛を誓って馬鹿呼ばわりか?」
ハハッとルークが笑っている。あれ、なんだか楽しそう。
いや、違う。
笑い事じゃないって。
「だってそうでしょう!その王太子の地位は、与えられただけのものではないでしょう?ルークがこれまで築き上げてきたものを、人との関わりを、国民を、その絆を捨てるというの?」
「ミツキ…」
「そんなの駄目…。駄目だよ。そんな事、ルークが一番わかっているくせに…」
泣きそうだ。ルークの想いが嬉しい。
でも、私のせいでルークの人生が変わるのは辛い。
「ミツキは、俺の一大決心を否定するのか」
「うん。否定する」
わずかに歪んだルークの目を見て微笑んだ。
私だって覚悟を決めたんだ。
「―――相変わらず、酷い女だ」
ハアッと諦めたように、ルークが短く息を吐く。
「ふふっ、鈍い女に酷い女。私の称号が増えたね」
「俺限定のな」
「うん…」
私は笑顔を貼り付けてルークを見つめた。
「ねえ、ルーク。私、とても幸せだった。ありがとう。だからルークにも幸せになって欲しい。…ルークなら、きっと素敵な人が現れるわよ」
「ミツキ、お前以外に…」
「駄目だよ、ルーク。私だって、将来誰かと結婚するかもしれない。先のことはわからないもの」
私は、態とルークの言葉を遮った。
ルークが、目を見開いたまま固まっている。私の笑顔はちゃんと張り付いているだろうか。
「どうして…」
突然ルークが私の手首を掴んだ。
「―――その口で…」
眉根を寄せたまま、私の瞳を覗き込む。
「その口で…、他の男に…愛を囁くのか?」
掴まれた腕と肩が痛い。
それよりもルークの傷ついた表情に、胸が締め付けられた。
「俺は嫌だ」
ルークの瞳が揺らぐ。そして零れた泪。
「嫌だ、俺はお前を諦めない」
言葉を失った私を、ルークが強く抱きしめた。
「俺は……、お前が俺との繋がりを求めている限り、俺はお前を諦めない」
息が…、心臓が、止まったかと思った。
どうして、そんな事を言うの?
どうして、このままさようならを言わせてくれないの?
私の笑顔を崩そうとしないで。
「ミツキ」
泪に濡れた瞳で見つめられる。
私はルークの頬に手を伸ばした。震える手をその頬に添える。零れる泪が私の手を伝わってくる。
どちらからともなく、お互いの顔が近づいた。
「ルークの方が酷い…」
「じゃあお互い様だな」
重なる唇。
抑えきれない想いが溢れ、互いを激しく求めた。
角度を変えつつ、何度も何度も舌を絡ませ吸い上げる。
「はっ…、ぁっ…」
零れる吐息。
息をする時間さえ惜しくなる。
私たちの時間が、あと僅かだということは動かしようのない現実。だから、そんな未来はないとわかっていても、ルークの言葉が嬉しかった。
この泪は、いま、私だけのものだ。
愛おしい思いが込み上げる―――。
ルークの瞳に私が映る。
そっと離れていく唇が艶めいている。
「ミツキ…」
その顔が、不意に肩口に埋められた。
「ひゃっ…?」
肩に触れるルークの唇が、こそばゆい。それと同時に全身が粟立つ。
「ぁ、はぁ…んっ」
肩から鎖骨の上を這う唇の刺激に、思わず吐息が零れた。
「や、待って…。ルーク…、ねぇ、何を……ぁふっ、はぁっ、ん…」
無言のルークに、首元を強く吸われた。
「も、…無理」
力が抜けた。
ルークに抱えられて翡翠の間に戻ると、アイラが心配そうに目を向けてきた。
けれど真っ赤になった私の顔を見て、駆け寄ろうとした足を止めた。
何があったかバレてる?
多分、そのせいだと思う。だって顔が熱い。さっきのルークの唇の刺激がまだ残っている。みんなに知られている気がして落ち着かない。
「ミツキ、立てれるか?」
耳元で囁かれると、刺激が蘇る。思わず息を呑んだ。
「あ、うん。…多分?」
私の自信なさげな言葉を“無理”だと理解してくれたルーカスは、私をソファーに下ろしてくれた。
そうして、跪き私と目線を合わせてくれた。
うん。頷き、私も背筋を伸ばす。
「ミツキ…。俺は、明日は見送れない」
「うん」
真剣なルークの表情に、私は笑顔を返す。
「ここで、さようならだ」
「うん。わかった。…ありがとう、ルーク」
「ああ。…それじゃあな」
「うん。じゃあね」
それだけ言うと、ルークは立ち上がり振り返ることなく部屋を出て行った。
締まる扉を、ただボーッと見ていた。
ああ、本当に、これで最後だ。
なんだか、さっきまでと違う意味で力が抜けた。
そのままコテっと、ソファーの座面に横たわる。
「ミ、ミツキ様?!」
アイラが慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫よアイラ。ちょっと力が抜けただけ。少しだけこのままいさせて?」
「ミツキ様…」
ふふっ、超高級天鵞絨の肌触りに頬がうっとりしている。至福だわぁ…。
アイラの啜り泣く声が聞こえる。
「ごめんね、アイラ。…あなたは幸せになってね」
疲れて重くなった瞼を、抵抗することなく閉じていく。
「嫌です!わたくしだけなんて!」
突然響いた大きな声に、バッチリ目が開いた。
「えっ?」
何?
今の声?アイラ?
驚いて体を起こすと、泣き崩れるアイラの姿があった。
「ミツキ様とご一緒でないと、わたくしは…」
そのあとは、もう言葉が続かなかった。
「ありがとう」
私は何度もその言葉を繰り返した。




