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「ミツキ―――。そんな大切な石をお前に渡した意味が、分かるか?」


 私の手をしっかりとホールドして口づけるルークの姿に、その瞳に、魂が吸い取られるんじゃないかと思った。眩暈がする。

「わか、…らなっ、い」

 というか、何も考えられない。


 ルークの左手が私の頬に触れ、優しく包んだあと、下顎をそっと持ち上げる。

 エメラルドグリーンの瞳が揺れ、長いまつげが伏せられる。

 そして唇に触れる、柔らかな感触。


 私の唇を愛おしむように何度も何度も啄んで、その柔らかな唇は離れていった。


「初めて逢った時から、ミツキは俺にとって特別な存在だった。だからその宝石を送った。その宝石はミツキの為のもの、お前の為だけに俺の魔力を込めた」


 ルークは透き通った緑色に輝く宝石を手に取ると、そこに口づけた。私には見えないけど、小さなリップ音がしたから、きっとそうだろう。

 私としては、胸許に近いところにルークの顔があるのが、何とも居たたまれなくて、恥ずかしくて。


「他の者に渡すつもりはない。この先どうするかもお前の自由だ」

「~~~~~」

 肌にかかるルークの息遣いに、もう失神しそうだ。


「わかっ…た。あり…がとう」

 やっとの思いで言った私の返事を聞いて、ルークは佇まいを正して頷いた。


「ミツキ、俺は―――、俺はこの先お前以外を望まない」

「…え?」

 私は何度も目を瞬かせた。


「何?…どういう事?」

 思いがけない言葉に思考がついていかない。

 動揺する私を尻目に、ルークは落ち着いている。


「そのままの意味だ」


 いや、だから~~。

「そのままって…、それだと、誰とも結婚しないって言っているみたいに聞こえるわよ。マズイでしょう」

 まずいでしょ?だから、それを言ってるのよっ!


「まずくない。そう言っている」

 なんでドヤ顔?

「は?―――何言ってるの?あなたは王子で、ううん、王太子でしょう?将来国を背負って立つんじゃないの?」

「王太子は弟に譲る。王族でなくなっても構わない。俺はミツキ以外との婚姻は考えられない」


 譲るって、何?

 王太子を降りるの?


「な、に、言ってるの?―――ルークは馬鹿なの?」

「むっ、永遠の愛を誓って馬鹿呼ばわりか?」


 ハハッとルークが笑っている。あれ、なんだか楽しそう。

 いや、違う。

 笑い事じゃないって。


「だってそうでしょう!その王太子の地位は、与えられただけのものではないでしょう?ルークがこれまで築き上げてきたものを、人との関わりを、国民を、その絆を捨てるというの?」

「ミツキ…」

「そんなの駄目…。駄目だよ。そんな事、ルークが一番わかっているくせに…」

 泣きそうだ。ルークの想いが嬉しい。

 でも、私のせいでルークの人生が変わるのは辛い。


「ミツキは、俺の一大決心を否定するのか」

「うん。否定する」

 わずかに歪んだルークの目を見て微笑んだ。

 私だって覚悟を決めたんだ。


「―――相変わらず、酷い女だ」

 ハアッと諦めたように、ルークが短く息を吐く。


「ふふっ、鈍い女に酷い女。私の称号が増えたね」

「俺限定のな」

「うん…」


 私は笑顔を貼り付けてルークを見つめた。


「ねえ、ルーク。私、とても幸せだった。ありがとう。だからルークにも幸せになって欲しい。…ルークなら、きっと素敵な人が現れるわよ」

「ミツキ、お前以外に…」

「駄目だよ、ルーク。私だって、将来誰かと結婚するかもしれない。先のことはわからないもの」

 私は、態とルークの言葉を遮った。


 ルークが、目を見開いたまま固まっている。私の笑顔はちゃんと張り付いているだろうか。


「どうして…」

 突然ルークが私の手首を掴んだ。

「―――その口で…」

 眉根を寄せたまま、私の瞳を覗き込む。


「その口で…、他の男に…愛を囁くのか?」

 掴まれた腕と肩が痛い。

 それよりもルークの傷ついた表情に、胸が締め付けられた。

「俺は嫌だ」

 ルークの瞳が揺らぐ。そして零れた泪。


「嫌だ、俺はお前を諦めない」

 言葉を失った私を、ルークが強く抱きしめた。

「俺は……、お前が俺との繋がりを求めている限り、俺はお前を諦めない」


 息が…、心臓が、止まったかと思った。

 どうして、そんな事を言うの?

 どうして、このままさようならを言わせてくれないの?

 私の笑顔を崩そうとしないで。


「ミツキ」

 泪に濡れた瞳で見つめられる。

 私はルークの頬に手を伸ばした。震える手をその頬に添える。零れる泪が私の手を伝わってくる。


 どちらからともなく、お互いの顔が近づいた。

「ルークの方が酷い…」

「じゃあお互い様だな」


 重なる唇。

 抑えきれない想いが溢れ、互いを激しく求めた。

 角度を変えつつ、何度も何度も舌を絡ませ吸い上げる。

「はっ…、ぁっ…」

 零れる吐息。

 息をする時間さえ惜しくなる。


 私たちの時間が、あと僅かだということは動かしようのない現実。だから、そんな未来はないとわかっていても、ルークの言葉が嬉しかった。

 この泪は、いま、私だけのものだ。

 愛おしい思いが込み上げる―――。



 ルークの瞳に私が映る。

 そっと離れていく唇が艶めいている。

「ミツキ…」

 その顔が、不意に肩口に埋められた。


「ひゃっ…?」

 肩に触れるルークの唇が、こそばゆい。それと同時に全身が粟立つ。

「ぁ、はぁ…んっ」

 肩から鎖骨の上を這う唇の刺激に、思わず吐息が零れた。

「や、待って…。ルーク…、ねぇ、何を……ぁふっ、はぁっ、ん…」

 無言のルークに、首元を強く吸われた。

「も、…無理」

 力が抜けた。




 ルークに抱えられて翡翠の間に戻ると、アイラが心配そうに目を向けてきた。

 けれど真っ赤になった私の顔を見て、駆け寄ろうとした足を止めた。

 何があったかバレてる?

 多分、そのせいだと思う。だって顔が熱い。さっきのルークの唇の刺激がまだ残っている。みんなに知られている気がして落ち着かない。


「ミツキ、立てれるか?」

 耳元で囁かれると、刺激が蘇る。思わず息を呑んだ。


「あ、うん。…多分?」

 私の自信なさげな言葉を“無理”だと理解してくれたルーカスは、私をソファーに下ろしてくれた。

 そうして、跪き私と目線を合わせてくれた。

 うん。頷き、私も背筋を伸ばす。


「ミツキ…。俺は、明日は見送れない」

「うん」

 真剣なルークの表情に、私は笑顔を返す。


「ここで、さようならだ」

「うん。わかった。…ありがとう、ルーク」

「ああ。…それじゃあな」

「うん。じゃあね」

 それだけ言うと、ルークは立ち上がり振り返ることなく部屋を出て行った。


 締まる扉を、ただボーッと見ていた。

 ああ、本当に、これで最後だ。


 なんだか、さっきまでと違う意味で力が抜けた。

 そのままコテっと、ソファーの座面に横たわる。


「ミ、ミツキ様?!」

 アイラが慌てて駆け寄ってくる。


「大丈夫よアイラ。ちょっと力が抜けただけ。少しだけこのままいさせて?」

「ミツキ様…」

 ふふっ、超高級天鵞絨の肌触りに頬がうっとりしている。至福だわぁ…。


 アイラの啜り泣く声が聞こえる。

「ごめんね、アイラ。…あなたは幸せになってね」

 疲れて重くなった瞼を、抵抗することなく閉じていく。


「嫌です!わたくしだけなんて!」

 突然響いた大きな声に、バッチリ目が開いた。

「えっ?」

 何?

 今の声?アイラ?

 驚いて体を起こすと、泣き崩れるアイラの姿があった。


「ミツキ様とご一緒でないと、わたくしは…」

 そのあとは、もう言葉が続かなかった。


「ありがとう」

 私は何度もその言葉を繰り返した。



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