お願い 2
ルークのご両親とお食事会―――。
それってつまり、
『王太子の求婚を断った小娘を、迎え撃つ国王陛下御夫妻』
ってことだよね?
なんだか断罪イベントっぽいけど、きちんと謝罪してお礼を言おう。
ここに残って欲しいと言ってもらったのに、応える事が出来なかった。
あれ?いやいや、ちょっと待って。
普通に考えたら、帰れるのに“居ろ”という方が無茶振りな気がする。
えっ、だよね?
だって逆に考えたら、ルークが日本に転移してきた場合…
『気に入ったから日本にずっと居てね』
って言って、居る?
帰るでしょ?
そう、だよね。
いや……。
――――だから?
だから、なに?
自分の選択が間違っていないと―――?
嫌だ。
私…。
何で今更、帰る理由探しているの?
この前ルークに言った事で十分じゃない。
そうよ。
私は静かに目を閉じた。
―――明日の朝には帰るんだ。
私が覚悟を決めている間に、茜色だった空は深く濃い青にその色を変えていた。
突然、思い出したように、身体が寒さに震えた。
暗くなったバルコニーから、辺りを見渡して扉を閉める。
―――大丈夫。
心の中で呟いた。
夜の帳が降りた頃、翡翠の間を訪ねてきた人物を見て思わず立ち上がった。
読んでいた本を落としたのにも気づかず、思わず駆け寄る。
「ルーク!」
嬉しい!
「良かった、もう会えないかと……」
少しだけホッとする。全面的に避けられていたわけではない、そう思えた。
私の顔は、今、緩みっ放しのハズだ。
対して、ルークの顔は複雑に歪んでいた。
「ルーク…?」
私が首をかしげてその顔を覗き込むと、そのまま固まった。
もしかして、いや、やっぱり怒っている?
少し不安になった私の気持ちを察知してか、ルークが表情を和らげた。
「ミツキ…、迎えに来た」
「迎え?」
その言葉に、一瞬ドキッとした。
「ごめんルーク、私これから国王御夫妻と食事で…」
―――いろいろ誤ってくるのよ。その言葉を飲み込んだ。
「分かっている。だから迎えに来たんだ」
「え?どういう事?」
「その食事会には俺も参加する」
―――え?
ルークの前で御夫妻に謝罪するの?
や、それやりにくいでしょう。
それはそれで、ちょっと複雑すぎるんだけど―――。
その思いが、ルーカスに向けられた笑顔の変化に表されていたみたいだった。
「何故、そんな顔をする?―――俺がいるのは嫌か?」
ルーカスの眉根が寄った。
「そ、そんな事っ、あるわけ、ない、じゃ、ない…」
これだけ噛んだら、あるって思うよね、普通。
怪訝な顔のルークに、精一杯首を左右に振り回した。
真顔で。
ルーカスの表情が緩み、クックっと笑った。
「おまえは…、ミツキは相変わらずミツキだな」
「?」
なに?
どういうこと?
私の疑問に構うことなく「ほら、行くぞ」と手を引かれる。
まあ、いいか。
ルークについて歩き出す。
温かい、ちょっとゴツゴツした大きな手。
ああ、ルークの手だ。
―――この手を忘れない。
ギュッと握り返す。
突然ルーカスが歩みを止めた。じっとミツキを見つめる。
「へ?何?」
目を瞬かせてルークの顔を見る。
心なしか頬が赤い?
何か言いたげなのに、口は真一文字に結んでいる。
そうして深く息を吐いて、また歩き出す。
―――だから何?
もう、言いたいことがあるならハッキリと…。
いや、まあ、いいか。
私も…、言えないことだらけだもんね。
そのまま無言で歩いていく。
つないだ手は、いつの間にか指を絡ませていた。
後僅かな、この時間を心に刻む。
案内された部屋では、席に着いてもルークがじっと見つめてきていた。
その視線は熱く少し切なくて、私は目が離せなかった。
胸の奥がざわめく…。
生唾を飲み込んだとき、
「ゴホン」
咳払いにハッとした。
途端に顔が熱くなって赤面しているのがわかる。
「ルークよ、気持ちはわかるが、給仕が困っておる。そろそろ良いか?」
肩を竦めて片眉を上げた王が、ちらりと給仕を見た。
「父上、否と言えば待っていただけますか?」
「えっ?」
そんな父の態度などお構いなしに、真剣な眼差しで答えるルーカスの思わぬ反応は、油断していた王に間抜けな返事をさせてしまった。
「嫌だわ、ルークったら。あなたにミツキさんを独り占めさせるために、この席を設けたのではなくてよ?」
すかさず王妃が突っ込んだ。
フフッと優雅に笑うと、王妃は美月にウインクをする。
「失礼いたしました」
溜息をつき、謝罪の言葉を口にするルーカスの表情は、見るからに不満げだ。
そもそも、国王夫妻に溜息とかどうなのかと思うが、お咎めがない所を見ると、OKということなのか。
相変わらず仲の良い王族だ。
美月は火照った頬を覚ますように手で頬を覆い、ニマニマとキラキラな三人の様子を眺めていた。
この、夢のような時間もあと少し。
うん、大丈夫。
ちゃんと落ち着いている。
ちゃんと笑えている。
ちゃんと―――。
楽しい時間だった。
謝罪をしようとすると、そんな言葉はいらないと止められた。
この国の大好きなところ、サッカーの話。
楽しい時間はあっという間だった。
笑顔で最後の挨拶を交わす。
最後まで笑顔で―――そう思っていた。
だけど、ハグをしてくれた王妃様の手は、少しだけ震えていた。
優しく迎えてくれた王妃様との思い出を噛み締めた。様々な思いを飲み込んで、笑顔で送ってくれることに胸が熱くなる。
思いは同じなんだ。
私もしっかりとハグを返した。
こうして、私の異世界での生活は終わっていこうとしている。
今また、ルークに部屋まで送ってもらっている。
これで終わり。
後は寝るだけだ。
いろんな思い出が浮かびそうになるのを、必死で押し込める。今思い出したら、どうなるか自信がない。それよりもこのつないだ手の温もりに浸っていたい。
不意にルーカスが立ち止まる。
「どうしたの?」
「ミツキ、少し、歩こう」
方向転換してたどり着いたのは中庭。
見たことあると思ったら、ルークがプロポーズしてくれたところだ。
あの日の三日月―――。
今夜は満月。
星が見えなくなるくらい、眩しく輝いている。
「今日も月が綺麗だね」
互の表情が判るくらいに、月明かりが照らしていた。
私の呑気な言葉と裏腹に、ルークは沈痛な面持ちだった。
「ルーク、ありがとう」
何度お礼を言っても足りない。
私の大事な人。
「私はルークを忘れない。きっと一生、あなたのことを思うわ。だから、―――最後にお願いがあるの」
第11部分~第20部分、内容が変わらない範囲で改稿(加筆・修正)しています。




