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 真っ白なブラウス、

 赤いリボン、

 グレーのスカート、

 濃紺のブレザー。



 衣装部屋に掛けてあった私の制服だ。


 今は、寝室の椅子の上にある―――。




「ミツキ様?お荷物はこれだけでよろしいのでしょうか?」

 私のリュック…。

 荷物を纏めてくれていたアイラが、それを持って入ってきた。


「あの、…ミツキ様?」


「へ?」

 ああ、いけない、呆けてたわ。

 アイラが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「…ああ、ごめんね、アイラ。あなたに全部任せちゃって」

「いいえ、ミツキ様。もうわたくしにはこれくらいしか出来ませんもの。任せていただいて嬉しゅうございます」

「うん。ありがとう」


「ですが、他にお持ちになるものはございませんの?」

「持ってきたものを持って帰るだけだから…」

「ですが…」


「あっ……」

 ひとつあった。

 持って帰りたいもの。


 う―ん。でもなあ…。


「勝手に持って帰れないか。ルークに聞かないと…」

 私はバルコニーの扉をそっと押し開けた。傾いた日差しが影を長くする。もうすぐ私の好きな茜色の時間。



 あの日―――。

 ルークのお気に入りの場所で、もう一度プロポーズしてもらった。

 それのに、私は断った。

 ここには残れないと。


 あの日からルークに逢えていない。


 ノーライズ領への出陣準備と私の誘拐の調査、マチルダ嬢の調査。これが普段の政務にプラスされている。きっと寝る時間も削って仕事をしているんだろう。



 大好きなここから眺める夕焼けも、これで見納め。

 私が元の世界に戻るための儀式は、明日の早朝で―――。


 もう、ルークには逢えないのかもしれない。


 ううん。

 もしかしたら、避けられているのかもしれない。



「酷い女、か…」

 私は静かに目を閉じた。


 あの時の…ルークの今にも泣き出しそうな顔が、目に焼き付いて離れない。

 胸が締め付けられる。



 この世界に落ちてきた時、キラキラと輝いて自信に満ち溢れていた王太子殿下。

 私の行動に呆れて振り回されながらも、笑って抱きしめて、そしてキスをしてくれたひと。


 私の大好きなひと。


 澄み渡る南の海のようなエメラレドグリーンの瞳。

 ちょっとゴツゴツした大きな手。

 厚い胸板。その腕の中。

 柔らかい唇。そこから発せられる優しい声―――。

 全てが大好きだった。

 一緒に過ごした時間は、ルークの笑顔のようにキラキラと輝いていた。



 その彼に、あんな顔をさせたのは私だ。


 バルコニーの手摺に両手を乗せて体を支える。

 この現実に、目眩がしそうだ。



「ミツキ様?」

 アイラの声にハッとする。

 危ない、感傷に浸って泣くところだった。


「なに?」

 私は笑顔で振り返る。

 あの日、大声で泣き叫んだ。

 あれだけ泣いて叫んだから。だから、もう泣かないと決めた。


「いえ、あの…。大丈夫でございますか?」

 心配そうに私に向けられる瞳は、最後まで変わることなく出会った時から私を大事に思ってくれている。

「大丈夫よ、ありがとう。アイラにはずっと心配させっぱなしだったね。ごめんね」

「そんな、ミツキ様…」

 アイラは言葉を詰まらせた。


「本当にありがとう。私、あなたに逢えて幸せだった」

 私はアイラの手を握りしめた。

「――――ミツキ様ぁ、わ、わたくしは、わたくしは………」

 アイラの瞳から大粒の泪が零れ落ちる。


「私はアイラを泣かせてばっかりだね」

 嗚咽を漏らすアイラの背中に手を沿え、そっと摩った。これは暫く止まらないだろう。


 バルコニーから見る景色はオレンジ色に染まっていた。



「ミツキ、ここにいましたか」

「レオ?」


 ようやくアイラが落ち着いてきた頃レナードが訪ねてきた。彼も忙しいのだろう。その表有情に疲れが見える。


「少し確認をしたかったのですが…。出直したほうが良さそうですね」

 私とアイラを見て困ったように眉尻を下げた。

「申し訳ございません!」

 アイラが慌てて一歩引いた。

 いや、そんなに慌てなくても…。


「アイラ、慌てなくても大丈夫ですよ。ですが…、ミツキ、大丈夫なのであれば少しいいですか?私も少々時間の捻出が難しくて」

 レオの言葉に「ほらね」とアイラに目線を送りながら、再びレオに向き合った。


「私は大丈夫。なに?」

 私は少しだけ身構えてしまった。でもレオの言葉は想像していたものとは違った。


「あなたの味覚異常は改善されましたか?」

 そっちでしたか。

「あ――――、う~ん…」

「その様子だと、まだですね?」

 レオが肩を竦めた。

「…はい」

 まあ、隠すことでもないもんね。そう安心したのが悪かった。


「国王陛下御夫妻…、いえ、ルークのご両親として夕食を共にしたいとあなたにお誘いがありまして」

「ご両親…」

 思わず生唾を飲み込んだ。

 どういう事?…って、そういうことだよね。


「ですが、味覚が改善されていなければほかの方との食事は辛いだけではないですか?」

 レオの気使いはありがたい。だからって断れる話なんだろうか。

 いや、そもそも味覚以前にルークの両親として会うとかって、そのほうが辛い。だって私はルークの差し出してくれた手を取ることができなかった。でも…。


「……いいえ、良くしていただいてこのまま帰るのも気が引けていたところでした。ぜひご一緒させてください」

「――――分かりました。ではそのように伝えます。ドレスはそのままで構いませんから。後で迎えをよこします」

「わかった。おとなしく待ってるわ。――――レオ、気遣ってくれてありがとう」


 私は何もしていませんよ、とレオは笑って翡翠の間を後にした。


10月10日に、第1部分~第10部分まで内容が変わらない範囲で改稿(加筆、修正)しています。

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