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報告 1

「殿下、ご報告がございます」


 城に戻ると、レナードが待っていた。

 慇懃に礼をする様に、ルーカスは表情を固くする。

「分かった、部屋で聴こう」

 急いで美月を馬から下ろし、部屋に返そうとすると止められた。


「ミツキ様もご一緒に」


 ―――様?

 レオに様付されるとは…。美月は訝しげにレナードに視線を投げるが、彼は既に歩き出していた。


「行くぞ」

 ルーカスに手を引かれるままに、美月も付いていく。

 誘拐に関することなのだろう。自分が呼ばれるとしたら他に思いつかなかった。




「牛の件ですが…」

「牛?」

 レナードの報告が始まって早々に、私の頭の中は「?」マーク。

 牛って何だっけ?そういえば今日の昼食に仔牛のなんたらソテーっていうのがあった気がする。


 むむっ、という事は…。

「――肉?」

 眉根を寄せながらルーカスとレナードを見れば、美月を見たまま固まっていた。傍に居たオリヴァーとカイトも目を見開いている。


 ――あれ?間違えた?

 目の前の王太子の纏うオーラが、どす黒く変わっていくのが見えた気がした。


「お前の鈍さと忘却力は、最早国宝級だな」

 なんだか不機嫌な王太子が恐い。顔半分が引きつっている。ああ、でもきっと私の顔は全面が引きつっているはず。


「忘却力とは…。ですがミツキ、本当に忘れたわけではありませんよね?」

「うん?」

 レナードの問いになんとか返事はしたものの、体の中の成分まで溶け出しそうなくらいにだらだらと流れる汗が、緊張感を高めていく。

 冷静に考えられない!それもこれも不機嫌な王太子のオーラのせいだ!

 …とは言えず、目を閉じて考える。

 ―――ルークはなんで怒っているのだろう。

 いや、違うって、考えるのソコじゃないよね?


 集中できずに固く目を閉じて首を傾げる。そんなミツキを見かねたレナードが助け舟を出した。


「牛の件とは、あなたを城下で追い回した牛のことですよ」

「――ああ!大丈夫、覚えてるわ!」

「当たり前だ!」

 さっすがレオ!ってか、初めからそう言ってくれればいいのに。

 なんかすっきりしたよ。

 嬉しそうに笑う美月と、ルーカスの苛立ちが対照的だ。


「まあ、ルーク、落ち着いてください。ミツキもいろいろあったので失念していただけのようですし。――とは言え、あの牛騒動を一時でも忘れるとは流石と申しますか…」

「覚えてるって言ったのに――――。イエ、何デモナイデス」

 訂正しようとしたら、じろりと目を向けられた。

 なんだろうこの王太子の負のオーラ。

 こんなの庶民には耐えられませんって!ホント、イケメンが怒ると恐いんだから。分かってる?

 肩を竦める美月に顎が上がるルーカス。視線は絡み合っているが、決して甘くはない。


 そんな二人の様子を見て、レナードが嘆息する。

 また拗らせていますね?こんな大事な時期に拗らせるなんて、仕方のない人たちですね。―――というよりは、こんな時期だからこそ拗れてしまったのかもしれませんね。それはもう、最悪としか言いようがないのですが…。


「まあ、とにかく、先に報告をさせてください。あの牛に掛けられていた術から割り出した先を当たっていたところ、依頼した人物が特定できました。現在城内にて確保、事情聴取中です」

「城内で?誰だ?」

 ルーカスが報告を待たずに問い返す。

 城内で確保とは穏やかではない。忍び込んだかそれなりの地位がある人物か―――。


「エクセター侯爵家のマチルダ嬢です」

「ああ…」

 ルーカスは僅かに眉根を寄せた。力んでいた肩の力が抜ける。そういえば夜会の後は城に滞在していたが、その期間は疾うに過ぎている。期間延長の申請書は見た記憶はないが…。


「え?マチルダ嬢って、ルークの婚約者候補のご令嬢?」

 美月の素っ頓狂な声に、再びルーカスは苛立ちを覚えた。


「別に、候補ではない!」

 苛立ちを隠さない強い口調に美月も戸惑いつつ、確認しようとする。


「え、いや、だって…」

「ミツキ!今、その話はするな!」

 美月の声を遮るように被せてくる。ルーカスの握りしめた拳が震えていた。


「うん、ごめん。ルーク、ごめんね…。ごめん…」

 自分だけが辛いわけではない。

 わかりきった事に思いを巡らせる余裕がなかった。大好きな人の歪んだ表情が、胸を締め付ける。だからといってどうしようもないのだけれど。


「いや、悪かった。レオ、続けてくれ」

 ルーカスは前髪をかきあげ、ぐしゃりと握りしめる。長息して荒れる心を自制した。


「分かりました。で、そのマチルダ嬢なのですが、困ったことに、全く、ええ爪の先ほども罪悪感というものを持ち合わせておりませんで…」


「どういうことだ?」


 ―――それは…、

 とレナードが話し始める。



「呪詛を依頼した人物がマチルダ嬢と確定した時には、城内に滞在中だったので確保に向かいました。ちなみに、夜会の後滞在期間の延長申請は私たちが港町にミツキの救出に行っている間に出されていました。書類に不備はなく、陛下の許可印も本物です。そして、なぜ延長申請したかというと、ミツキ様の無事を城内でお祈りするということでした」


 うん?


 思わずルーカスと目を見合わせた。


「ええっと、牛に私を追いかけさせるような呪詛を依頼した人が、私の無事を祈ってくれているって事?」

「意味がわからん」


「そうでしょうね。マチルダ嬢の持論はこうです。『王太子の婚約者であれば、いずれは王妃となるべき人物。このくらいの困難に、尻尾を巻いて逃げ出すようでは務まらない。その覚悟を問う』という事で、…おや、ルーク、どうしましたか?」

 片手で両顳かみを押さえて、固く目を閉じるルーカス。

「頭痛と眩暈におそわれた気がした」


 美月は憤慨していた。


「この位って…、泡を吹いた牛って結構迫力あったわよ?女の子も巻き込まれそうになったし。私をロックオンしてからは、私しか追いかけなかったけどね」

 あまりに馬鹿げている。そんな個人的な理由で、市民を危険にさらしたのか?馬鹿にも程がある!


 本日何度目だろうと思いつつ、ルーカスは嘆息した。


「マチルダ嬢に教えてやれ。そんな個人の興味本位目的で、市井を混乱させてはいけないと」

 それで王太子妃を目指していたとは…。一体どんな教育を受けてきたのだ?


「まあ、それはまたこれからです。呪詛を体よく言ってはいますが、要は嫌がらせということです。王太子の婚約者に手を出すなど舐めた真似をするお方には、それなりにしかるべき対応をさせていただきますよ」


 レナードがニッコリと微笑んだ。


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