告白 4
「あの時は、現実が受け入れられなくって…。食事も碌に取れなかったわ」
毎日泣いていた10歳の、あの頃を思い出す。
「美月、美月?…晩ご飯出来たわよ、少しは食べないと」
母が部屋に入ってきて、私の様子を見ると、優しく声をかけてくれた。
私はベッドの隅で小さく蹲ったまま、首を横に振った。
「そう……」
母は私のそばに来てベッドに腰を落とすと、そっと私の髪を撫でてくれた。その触れる優しさに涙が溢れてくる。
「美月…、皆あなたのことを心配しているのよ。このままじゃあ、あなたが倒れちゃうでしょ?」
私は再び首を振る。私のことなんてどうでもよかった。
「おじいちゃんだってそれは望んでないはずよ?」
その言葉に反応して嗚咽する。
母は慌てて私を抱きしめた。
「ごめん、美月」
そのまま背中を優しく撫でてくれる。
「お母さん、余計なこと言っちゃったね。ごめんね、美月」
嗚咽しながら首を振った。
「それとね、さっき田中コーチが来ていたわよ。練習休んでいるから心配して来てくれたのよ」
田中コーチは、私たちAチームの指導者だ。今、会ってどうこうすることはないと思っていたとき、ふと記憶がよみがえってきた。
お祖父ちゃんの最後の言葉―――。
「コーチは?」
「え?!」
母が急に顔を上げた美月に驚きつつも、さっき帰ったことを伝える。
私は、自分の部屋にお母さんを残し階段を駆け下りる。慌てて外に出ると、帰っていくコーチの後ろ姿が遠くに見えた。
「コーチ!……田中コーチ!」
私はありったけの声を張り上げ、コーチを追いかけた。
途中で気づいたコーチが引き返してくれる。私は荒い呼吸を整えながらコーチの目を見た。
「田中コーチ、私を…、次の試合に出してください!」
今までこんなお願いなんかしたことない。だけど祖父の最後の言葉に応えたかった。
田中コーチが私の姿を見て、安堵したのが伝わってくる。だけどそれは一瞬で。
「美月、おまえ、ちゃんとご飯食べてないだろう?夜も寝てないんじゃないか?」
「……」
正解だ。青い顔をして目の下にはクマも出来ている。
眉根を寄せるコーチに何も言い返せなかった。
「まず、ちゃんと食え!しっかり寝ろ!それが出来たら練習に来い!試合はそれからの話だ!」
「はいっ!」
激を飛ばすコーチの声に、私も気合を入れる。
「あと…、外に出るときは靴を履け」
「あっ…」
言われて気づく。私は裸足のまま走り出していた。振り返ると、母が靴を持って迎えに来てくれていた。
―――次の試合も頑張れよ―――
その言葉を胸に、頑張ってきた。
「ねえ、ルーク。私…、これまでの自分の人生を無かった事に出来ない。私はいろんな人に支えられてこれまで生きてきた。それを捨てることは出来ない」
私を支えてくれたたくさんの人、仲間。
それがあるから、これまでサッカーを続けることができた。
美月はルーカスの瞳をじっと見つめ、その思いを伝える。
「…ここに残ることが、それを捨てる事になると?」
ルーカスの声は硬く、表情も険しくなっていた。
美月は瞳を逸らす事なく、黙って頷いた。
ルーカスの瞳が揺れるのを、同じように痛みとして感じながらも、変わることのない事実と向き合った。
「―――酷い女だ」
あれだけ気持ちを通わせておきながら、最後にこんな事実を突きつけてくる。
ルーカスにはそれ以外に返す言葉が見つからなかった。
今、自分がどんな表情をしているのかも分からない。
わかっているのは、欲しかった言葉がそれではない事。
それだけだ。
「そう、酷いよね。ごめん」
美月はルーカスの言葉に傷つきながらも、それが事実だと口元を引き締める。
その硬い表情に揺らぐことのない思いを感じる。
ルーカスはますます顔を歪めた。
そんな決意表明のような謝罪は、受ける身としては辛いだけだ。
このまま連れ去って閉じ込めておけたなら―――。
そんな馬鹿なことを考え始めた自分を、どうすれば制する事ができるのか分からない。
欲しかった言葉を言うまで、閉じ込めて抱き潰してしまいたい。
そんな衝動を胸の奥に感じ、自分も大概酷い男だと苦笑した。
美月の手を取り、その身体を抱きしめる。
思い通りにならない憎らしさに、憎みきれないもどかしさに、切ない胸の内を埋められないものかと…。
日が傾いてきた。吹き抜ける風も冷たさを増していく。
「城へ、戻ろう」
背中に回していた腕を解かれ、ルーカスの身体が離れると、喪失感に苛まれる。美月はそれを口に出すことも、態度に示すことも、もうしてはいけないのだと自分の心に言い聞かせた。
胸がざわめく、疼く、締め付けられる。
一度に攻撃されているかのようだった。
それでも、元の世界に帰ることに迷いはない。元の世界の大事にしていることも伝えられた。ここまで話ができれば十分だった。
後は、戻る段取りをしていけばいい。
初めからそうだったのだ。
何も変わっていない。
ルーカスが手を引き、今度はゆっくりと歩いてくれた。
一歩々々踏みしめながら、同じ言葉を心の中で繰り返す。
それ以外の言葉を考えてしまったら、きっともう歩けなくなってしまうだろう。
イレギュラーな存在が、元に戻るだけ。
何も変わらない――――。
美月は奥歯を噛み締め、顔を上げた。
散り始めた紅葉の葉擦れの音が広がっていく。
髪を乱した冷たい風が、肌を刺していった。
夏風邪を引きました。
インフル以外でこんな高熱、子供の時以来です。
朝晩冷えてきたので、皆様お気をつけください。




