告白 3
長い間繋がっていた唇がゆっくり離れていく。
美月は震える唇と乱れる呼吸を整えようと、ゆっくり息を吸い込んだ。首に回していた手を解き静かに息を吐くと、異変に気づく。
「あ、あれ?」
吐く息とともに体の力が抜けていく、というより…。
思わず支えてくれているルーカスの腕に寄りかかる。
「どうした?ミツキ」
クテッと寄りかかった美月を抱きしめる。
「あ、あの…。ちょっと力が入らない、かも…」
引きつった笑顔を向ける美月に、ルーカスは苦笑した。
「あ――――、…悪い。ちょっと、その…、加減が、な…」
激しく求めた自覚のあるルーカスが、眦を赤く染めながらバツが悪そうに答えると、
「それは、その…」
美月も顔を真っ赤に染め口籠った。
その赤い顔を見て目を細めるルーカスだったが、その瞳は次第に熱が込められ、含む想いが変わっていく。
「ミツキ、さっきの……、俺と離れたくないという言葉は嬉しかった。俺も同じ気持ちだ。お前と離れることは考えられない。……お前との時間をこれで終わりにするなど、限り有る時間になどしたくはない」
サミュエル王子との話し合いで、美月を元の世界に返す日程が決まってしまった。“明日にでも”というサミュエル側の主張を、誘拐事件の捜査があるからと、何とか6日後に伸ばした。昨日、母上も頑張ったようだが、ここに残るという美月の言質は取れないままだ。もう2日が過ぎてしまった。
こんなにも愛おしいと思える存在が、自分に現れるとは思っていなかった。
正直どうすることが正しいのかなんて、ルーカスにもわからない。
ただ、美月のいない未来など考えられないし、考えたくもない。
至近距離で見つめてくるルーカスの瞳の強さに、美月は息が止まるかと思った。
「俺の気持ちは、ずっと変わらない。この先もずっとともに有りたいとの願いは強くなるばかりだ。ミツキ…。あの夜の返事を聞かせてくれないか?」
美月の心臓がどくんと跳ねる。
「ミツキ、愛している。お前のいない人生は最早考えられない。俺の隣で共に生きてくれ」
ルーカスの真剣な眼差しが、その想いが胸の奥に突き刺さり、目が逸らせない。
見つめ合う時間が途轍もなく長く感じた。
草原を吹き抜ける風が、二人の髪を揺らした。
美月の頬にかかった髪をルーカスがサイドに撫で付けてくれる。
「ありがとう」
一言礼を言うと、一度目を伏せた。静かに呼吸を整え、ゆっくりと深呼吸。 ひと呼吸置いて、覚悟を決める。
顔を上げて笑った美月の顔には、先程までの躊躇いは感じられなかった。いっそ清々しいとさえ思えるその微笑みに、ルーカスは息を呑んだ。
「ルークに言ってなかったよね。私の味覚の異常って、今回が初めてじゃないんだ」
「え?」
思ってもいない話が始まり、ルーカスは戸惑った。
「私の家はね、父親がいないの、物心ついた時からずっと。父親は死んだって聞かされていたんだけど。でも、ある日戸籍を見たら、父親の欄が空欄になっていたの。兄のところには父親の名前があるのに私だけ空欄。何だ、そういう事かって…」
「どういう事だ?」
フフッと笑う美月に、ルーカスが眉根を寄せた。よく解らないが、笑い事ではなさそうだ。
「ん――――、死んだ父親は兄の父親で、私は…、その父親が亡くなったあとに産まれた子供だったのよ。で、父親の欄に名前が無いということは、要は、私の存在がその誰だかわからない男性に認められてないってことなんじゃない?誰かもわからないから確かめようもないけど」
お母さんが不倫なんて考えたくないけど。そうでないにしても、通常の婚姻関係を結ばず、そして、その後も私に関わらなかった男性が父親ということになるんだろう。
「……ミツキ」
私の言い方がちょっと投げやりに聞こえてしまったみたい。ルーカスが気遣わしげに見つめてくる。
「大丈夫よ、問題はそこじゃないし、そんなこと気にしてないわ。だって母からは愛情たっぷりもらっているし、小さな頃から祖父が父親がわりに面倒見てくれたもの。祖父がね、仕事やら会議やらで忙しい母の代わりに、サッカーの練習も試合の送迎も付き添ってくれたのよ。兄と私のふたり分!そりゃあもう熱心にね~」
私はお祖父ちゃんが大好きだった。たまに厳しいことも言われたけど、私たちの成長を何より喜んで、溢れる愛情を注いでくれた人。
「その祖父が事故で亡くなったのが10歳の時。私のサッカーの試合の帰り道、あと少しで家に着くときだった。祖父の運転する車に、反対車線から突っ込んできた車がぶつかったの。あー、車っていうのはこっちの馬車みたいなものかな?――あっという間の出来事だったのに、祖父は車が私にぶつからないように咄嗟にハンドルを切ったらしいわ。おかげで私はこの通り無事」
美月は一度深呼吸をする。
「だけど祖父は、車に体を挟まれて虫の息だったわ。それでも『大丈夫か』って声をかけてくれて、私の顔を見ると笑ってくれたの。『良かった。次の試合も頑張れよ』って。そして静かに目を閉じた…。助けを呼ぼうにも歪んだ車のドアは開かなかった。私は必死で祖父に声をかけたわ。でも、呼んでも叫んでも、もう祖父は眼を開けてはくれなかった。何も出来なかった。その流れ出る血を止めることもできずに、ただ見ていることしか出来なかった。血の気が引いて青く冷たくなっていく祖父をね……」
今でも夢に見ることがある、事故の瞬間。そしてその後の事…。それでも7年経って、少し冷静に話せるようになった自分に驚いた。
「助け出された後、近所の誰かが言っていたわ。『私を庇わなければ祖父は命を落とすことはなかった』って」
「ミツキ、それは―――」
視線を落とす美月に、ルーカスが慌てて声をかけた。
「大丈夫、今は分かっているわ。でもね、あの当時の…、10歳の私には辛くて苦しくて。祖父が死んで自分が助かったことが受け入れられなかった…。―――その時よ、今みたいに味覚が、味が分からなくなったのは」
ルーカスに寄りかかっていた体を起こす。やっと力が入るようになってきた感覚があった。




