告白 1
「―――凄っ、綺麗……」
美月は目を見張った。
鬱蒼とした森を抜けると、目の前に草原が広がった。白や薄紫の小花が一面に咲いている。その先にある湖は、秋晴れの空と色づく山の木々を映し、陽の光に煌めいていた。
「良かった。連れてきた甲斐があるというものだな」
ルーカスが満足気に笑った。そのままひらりと馬から降りると、美月の腰をひょいと持ち上げ降ろしてくれる。
「…ありがとう?」
下ろされても腰をしっかりとホールドされている状況に、お礼の言葉が疑問形になる。どうしたのかとルーカスを見上げると、先程までの笑顔と違うその真剣な眼差しに射抜かれた。思わず息を飲む。
互の視線を合わせたまま時が止まったかかと思えた。だが、不意にルーカスの眉根が寄った。
「―――ルーク?」
「――――ああ…。カイト、ここで待て」
「はっ」
カイトに指示を出す。その慇懃な礼を見届けてから、美月の腰に置いた手を離し差し出した。
「少し歩こうか」
「うん」
美月はルーカスの手を取り、引かれるままについて行く。
ルーカスの硬い表情と握り締められるその強さ、そしてその早い歩調にルーカスの焦燥を感じる。
―――何かあったのかな?
美月の疑問を確信付けるかのように、ルーカスの歩調が早くなる。
ドレスを纏う美月は、いつしか小走りになっていた。慣れたとはいえ小走りになると自信がない。裾を踏まないように足先に神経を集中させていると、ルーカスが立ち止まった。
「ぶっ…」
美月はそのままルーカスの広い背中に突進した。
「ご、ごめん」
赤くなっているであろう鼻を隠しながら、美月が謝った。
「―――!」
完全に自分のペースで歩いていたことにやっと気づいたルーカスは、握りしめた手の強さも自覚し、慌てて手を離した。
「いや、俺のほうこそ…、すまない…」
離した手をじっと見るルーカスを覗き込んで、美月は笑った。
「珍しいね、ルーク。何か悩み事?」
事件以来、更に忙しくなっているルークのことだ。ストレスも溜まっているだろう。私でよければ話を聴こうじゃないの、そう思っての行動だった。
「――――!!」
刹那、顔を歪めたルーカスに抱きしめられる。
あれ、予定と違うんだけど…。まあ、いいか。
美月もルーカスの背に手を回し、そっと抱きしめた。すっかり馴染んでしまったその胸の中に、頬を寄せる。
「俺を悩ませるのは、ただ一人だけだ」
ため息混じりのルーカスの囁きに、美月は顔を上げた。
「ルーク、苦手な人がいるの?」
――悩むほど苦手な人って、…サミュエル王子か?
美月は目を瞬かせ、ルーカスを見つめた。
ところがルーカスはジト目を美月に向ける。
「相変わらず鈍いヤツだ」
ルーカスが嘆息するが、美月には何が鈍いのか分からなかった。
「どういう事?苦手な人の話じゃないの?」
「苦手って…。なんでそうなるのかが分からんが、俺を悩ませるのはお前だ、ミツキ」
「………私?」
僅かに眦を染めたルーカスが頷く。
「ええ?!何?…私また何かやらかしたの?」
驚く美月に、ルーカスは今度こそ項垂れ、美月の頭に額をつけた。
「やらかしているといえば、今まさにやらかしている最中だ」
「え?今?分からないよ、ルーク!私に分かるように言って?」
――鈍いにも程がある!
ルーカスは美月を抱きしめていた手を解き、その顔を覗き込んだ。
「―――ミツキ…、お前の国の人間は皆そうなのか?」
「?」
―――これはダメだ。どうしようもない。
「ああ、もう!おまえが、…ミツキが、ただひとり俺の惚れた女だから心配になるし不安にもなる、何かあったらと気になって仕方がないんだ。お前の笑顔を見ると心が躍るし愛しいと抱きしめたくなる。それ以上の事も……、って、ああ、もう、だから俺を悩ますというのはそういうことだ!頼むから自覚してくれ!皆まで言わせるな…」
勢い余って余計な事を言うところだった。
再び項垂れたその顔を上げると、耳まで赤くした美月が固まっていた。
「あ、あの、その…、イ、…イロイロト、スミマセン、デス」
美月は『だから恋愛初心者なんですってば…』という言葉を飲み込んだ。
―――赤い顔をして狼狽える美月は可愛い。
ルーカスはもう一度ギュッと美月を抱きしめた。
「まあ、ミツキのその顔が見られたんだ。良しとしよう」
ルーカスが美月の頬に軽くくちづけ、そっと手を取る。
二人は視線を合わせて微笑んだ。
「ここは、俺のお気に入りの場所の一つだ」
「うん、わかるよ。すごく素敵なところだね」
「気に入ったか?」
「とても」
美月は色づく山の裾野や草原を見渡し、深呼吸をした。
「悩んだり行き詰まった時にはよく来るんだ。城からも近いしな」
「大事な場所なんだね。ありがとう、ここに連れてきてくれて」
美月の笑顔に、ルーカスの緊張も少しずつ解けていく。
「少し気分転換になればと思ってな。…ミツキ、なぜ言わなかった?昨夜母上から聞いた時には驚いたぞ…」
「…ああ、そうか。うん、そうだね、また心配させちゃったね。ごめん。言うと心配するだろうな―って…」
「おまえがデザートを断った時点で心配している。理由が分かった方が振り回されずに済むのだが」
「――なるほど。それもそうだね」
それも一理あるなあ…、と美月は感心する。その姿を見てルーカスはやれやれと嘆息した。
「分かったのなら、これからはちゃんと言ってくれるな?」
「ん―――、無理かも」
「は?…なっ」
ルーカスは目を見張る。
この流れで拒否をするとは―――。おっ、なんだ?
今度は美月がジト目になる。
「私だって余裕がないんだよ。ルークだけじゃない」
さらに膨れっ面になった美月の頬は、すぐに萎んだ。
「限り有る時間を、笑顔で過ごしたいじゃない……。だけど――」
―――限り有る時間。今一番聞きたくない言葉だ。
ルーカスの手に力が入る。美月はその手を、強く握り返してきた。はっとして美月を見るが、目を伏せたその表情が読み取れない。
だがよく見ると、口許が震えている。
「ミツキ…?」
ルーカスが美月の頬にそっと手を伸ばすと、その頬は濡れていた。




