王妃様 1
「もっと早くこうしていれば良かったわ。何故気がつかなかったのでしょう」
ねえ?と目の前で優美に微笑まれると、『そうですね』としか言えない。
そんなこと思っていなくても…。
ねえ?
心の中の自分に、同意を求めてみる。
そんなことをしてみても、なんだか落ち着かなかった。
それはこれから話される内容が、呼びつけられた理由が、簡単に想像がつくからだ、きっと。
目の前で微笑んでいる美しい人は、ルークのお母さん。
そう…、突然来た迎えに、促されるままに着いた処は王妃の私室だった。
ノーライズ領の一件から一夜明けて、ルーカスたちはますます忙しくなっていた。昨日執務室で別れてから、顔も合わせていない。
ただ、何時ものように『一緒に食事を』と言われても、味覚が戻っていない状況では拷問でしかないだろうから、状況的には都合が良かった。の・だ・が…
いま目の前にパイにケーキ、タルトが美しく並べられている。話の内容もさる事ながら、この課題にどう挑むのか…、自ずと緊張感が高まっていくのを感じていた。
「まずは無事に帰ってきてくれて良かったわ。随分怖い思いもしたでしょう?」
「いえ、大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「何もできなかったのよ、心配くらいさせて頂戴」
「そんな…ルークまで巻き込んでしまって、申し訳ございませんでした」
「あの子が自分で判断したことだもの。私からは何も言わないわ。寧ろ助けに行かないほうが問題よ!」
「でも、王太子自らというのは…」
「あら、そうね。それは色々と問題があるかもしれないわね。でもね、あの子は行くわよ。あなたのためなら何度だって助けに行くわ。例えそれで窮地に立たされることになってもね」
「でしたら…」
「何も問題ないわよ、だって王太子ですもの」
「えーっと?」
「力量としてはね、それくらい出来なくては、将来国を背負うことなんて出来るはず無いでしょう?あの子にそれだけ守りたいと思える人が出来たことが大事よ」
「そう、なんですか?」
「そうよ。どう守るかは、まだまだお勉強しないといけないでしょうけど」
そこは陛下がコツを伝授するのではないかしら、と王妃は笑った。
「それにしても…、サミュエル王子にも困ったものよね」
改めて美月に向き直った王妃は、気の毒そうに眉尻を下げていた。
「え?…あ、はい」
思いがけない話に少し戸惑う。
「聴こえてくる噂だと、そんなに執着しそうなタイプではなかったのよ?いつからあんな王子になっちゃたのかしら?」
「昔は爽やかだったんですか?」
まさか、と王妃が笑った。
「そうねぇ…、美女を取っ替え引っ替え侍らせて、あの南の方の国のハレム?そんな感じだったと聞いていたのよ」
「ハレムですか…」
そういえば女の子が寄ってくるのは好きだって言っていたような…
「ミツキさんも随分好かれちゃったわね」
「本当に。なぜ私に執着するのかがわかりません」
「あら、それは分かるわよ?だってあなた面白いもの」
「お、面白い…ですか?」
「ええ、見ていて飽きないのよ」
クスクス笑う王妃のほうが、なんとも可愛らしく、見ていて飽きないと思うのだが…。
「それは、…びっくり箱のようなものという事ですか?」
「びっくり箱?違うわよ。そりゃあ、サッカーやったり女の子抱えて階段上がったり船から飛び降りたり、びっくりさせられる事も多いけど、そうではなくてあなたを見ているとワクワクするのよ」
「ワクワクですか?」
「ええ、そう。ミツキさんの物の見方、捉え方、行動力とあと、物怖じしないところとかね。次は何をするのか、何を話すのかって、つい期待しちゃうのよ」
「そんなことを言われたら、次からは何も話せません」
「ふふっ、大丈夫よ。あなたが黙っていられるわけがないもの」
「………」
「当たりでしょう?」
「…分析、恐れ入ります」
「ところで、ミツキさん」
「はい」
「びっくり箱って何?」
「……」
びっくり箱の説明をすると『それじゃあやっぱり、びっくり箱だわ』と笑われた。
「あら、いけない。すっかり話し込んじゃったわ。お茶を入れるわね。ミツキさんを招待するのだと伝えると、料理長が張り切っちゃってね。こんなにたくさん作ってきたのよ」
「料理長が…」
「あなた、料理長とも仲が良いのね」
「仲が良いだなんて…。料理長が気さくな方なので、色々と情報交換させていただいたんです」
「……料理長を気さくな人だなんていうのは、あなたくらいよ」
王妃がサファイアのような瞳を見開いて、肩を竦めた。
「さ、遠慮はいらないわ。その“気さくな料理長”があなたの為に作ったのよ。どんどん食べて」
「ありがとうございます。いただきます」
美月は、とりあえず見覚えのあるタルトに手を伸ばした。食べたことのあるものなら感想が言いやすいと思ったからだ。
フォークを入れ口許に運ぶ。
残念ながら、味覚はまだ戻っていなかった。
それでも丁寧に処理をしたカスタードクリームの滑らかさや、フルーツの食感は感じることができた。
「美味しいです、さすがは料理長。クリームの濃厚さとフルーツの酸味が絶妙です」
一生懸命記憶の糸を辿る。
確かそんな味だったはず。
「そう、…料理長も喜ぶわ。他の物もどんどん食べてね。料理長がぜひあなたの意見が聴きたいって言っていたのよ」
「私の?」
「そう、ここにあるのは全部料理長の新作よ。なんでもあなたの話を聞いて刺激を受けたそうよ」
王妃の言葉に飲みかけていたお茶を吹き出しそうになる。
「ブッ、ゴホッ…ゴホッ」
「あら、まあ、大丈夫?」
むせ込む美月に王妃がナプキンを差し出す。
「す、すみません。ありがとうございます」
―――新作。
そんなの分かるわけがない。
美月は握り締めていたナプキンを机の上に置いた。




