ご褒美は…
「ノーライズ領って、聞き覚えがあるんだけど…。気のせい?」
「覚えていたか」
「いや、覚えていないから聴いてるんだけど…」
ルーカスの執務室に、その笑い声が響いた。
騎士団の会議室を後にして部屋に戻ろうとしたところを、ルーカスに呼び止められた。
話の続きを聞いて行けと言われたのだが、今のところ揶揄われているようにしか思えない。
「的当ての景品、覚えているか?」
ほんの少し膨れっ面の私に、ルーカスが笑顔を向ける。
「藁人形でしょう?願いを叶える人形だっけ?」
ルーカスは笑顔で頷きながら話を続けた。
「カイトが話した事は?」
「ん――、確かどこか南の方の地方のもので、豊作と豊漁を願う祭りで使われるって言ってたよね。塩害で作物が育たないとか……。ん――?塩…?」
「それがノーライズ領という事だ。カイトが話していた内容は随分昔の話だ。今は、海水を引き入れた大規模な塩田で、ノーライズ領は比較的裕福な土地になっている」
「へえ、すごいね。弱みを強みに変えたんだ」
「塩田の整備も海水の汲み上げも、大量生産できるように全て国が梃入れしたからな。国を挙げての一大事業というわけだ。ハーヴェロードでは、それまでは塩を製造する地域は少なくて効率も悪かったんだ。ノーライズ領でも僅かばかり作られていたが、とても国内に流通できる量ではなかった。だから、“塩は他の国から買うもの”これがハーヴェロードの昔からの常識だったんだ。」
「そんな経緯もあって、現在も、塩田関連事業まるごと国の管轄下にあるのです。塩の製造、流通経路も全て国が把握している、はずだったんですがねえ…」
ルーカスとレナードが、顔を見合わせ嘆息する。
「お待たせいたしました。持ってまいりました」
トマスが書類の束を抱えて入ってきた。
「やはり、この資料と報告を見る限りは、2年前の落ち込みから製造量も販路も特に変わっていませんね」
「国内の流通量も大きな変化はありません」
「国外で流通させているか…。毎年視察に行っているはずだが、担当は?」
「ええと…」
トマスが資料を数枚めくり、手を止めた。
「――誰だ?」
「…エクセター侯爵です」
「……」
ルーカスが目を伏せ眉根を寄せる。
「知らない訳では…、なさそうな気もしますが…。ちょっと手が出しにくいですね」
レナードの言葉に、ルーカスも頷いた。
「塩田に関しては、国王の管轄だからな。迂闊な事は言えないが…」
執務室の空気が重くなる。
「あの…、こんな話に私がいていいのかと…」
場違いな気がして、腰が引ける。思わず手を挙げて聞いてみた。
「ああ、構わない。この話はミツキがあの3人と話をしなければ出てこなかったからな」
――いやいや、そんなご褒美いりませんし。
そんな言葉を飲み込み、苦笑する。
この話に付き合わせているルーカスも、その美月の様子に苦笑した。
「とはいえ、このままにしてはおけないな…。西から兵士を雇っているという話も引っかかる。これにも侯爵が絡んでいるとしたら―――」
「そうですね。では段取ります」
レナードがトマスを連れて退室していった。
「改めて礼を言う、ミツキ。お前があの三人に話を聞かなければ、単なる誘拐犯で片付いていた話だ」
「お礼を言われるようなことは何もしてないよ。全部ルーカスが気づいた事でしょ?私はただ、訳ありなんだろうなーって思っただけだもの」
「そういう気づきが大事なんだ」
「大げさだよ」
「ミツキがなんと言おうとも、こちらは助かったんだ。何か礼をしないとな。欲しいものはあるか?何でもいいぞ」
「え、ないよ」
即答する美月にルーカスはたじろぐが、呼吸を整え問い直す。
「―――何かあるだろう?」
美月の口許が綻んだ。
「もう十分貰っているわよ。着るものも、食べるものも、住むところだって。サッカーまでさせてもらっているんだよ?これ以上何を貰えばいいの?」
「ミツキ、俺は―――」
ルーカスの瞳が揺れる。
与えたいものは山ほどある。それなのに…。
「――いや。…ならばそうだな、デザートでも食べるか?持ってきてもらおう」
美月もそうだねと言いかけて気づいた。
「あ、あ――、待って!―――さっき食べたばかりでまだお腹空いてないから。お茶…、だけでいいよ」
「え、どうした?どこか具合でも悪いのか?」
「朝食べ過ぎただけだよ」
「デザートは別腹じゃなかったのか?」
ルーカスが揶揄う様に絡んでくる。
「そうだけどっ、そうじゃない時もあるの!」
思わず強くなった口調に、ルーカスが目を丸くしていた。
自分でも驚いた。
「ご、ごめん…」
嫌だ、何でこんなに苛々しているんだろう。
俯き目を閉じた。
「いや…、俺も悪かった。本当は動揺しているんだ。ミツキが今すぐにでも居なくなってしまうのではないかと…」
ルーカスの思いがけない言葉に顔を上げる。
ああ、そうか―――
「ルーク…、私……」
この想いを言葉にしようとしたけど躊躇った。なんと言えばいいのか言葉が見つからなかった。
考えているうちに、お茶が運ばれてきた。
「ごめん、何でもない。忘れて」




