覚悟 1
今朝は随分冷え込んでいる。
少しだけ悴んだ手を、温めようと吐いた息が僅かに白くなる。
花壇を彩るダリアも、心なしか寒そうだ。
―――冬が来る。
まだ見ぬハーヴェロードの冬景色を、想像しかけてやめた。
突然の風に慄く。
北の山からの吹き降ろしの風が、胸の奥まで吹き抜けていったかのようだった。
美月は再び歩きだし、騎士団の練習場へと向かった。
「ミツキ殿―、待ってくれ、ミツキ殿―――」
いつもの声に振り返る。
オリヴァー騎士団長が駆けてくる姿に、少し胸が温かくなった。
「あれ?団長、今日は休みだって聞いていたんだけど」
「そうなんだが、トレーニングには付き合おうと思ってなぁ」
「………」
思わず目を瞬かせた。
「私のせいで忙しかったんでしょう?ゆっくり休めばいいのに!」
「何を言っている!ミツキ殿のせいではない!」
驚く美月に、団長の大声が飛んだ。
「…や、…でも…。何というか…、ねえ?」
美月は言葉を濁した。
「何というか?何だ?」
「―――いや、やっぱいいわ。…じゃあ、今日もよろしく!団長」
「ああ、2日ぶりだからな、皆楽しみにしているはずだ」
「そっか。うん、わかった」
美月は当然のことながら、ジェイソンもジョージもイアンも、私の救出の為に港町まで来てくれていた。マイクとリチャードは、事件の処理と調査の為にまだ港街に残っていると聞いた。
勿論、朝一のサッカー練習などできるわけがない。団長だって騎士団の取り纏めをしているから働き詰めの筈だ。
騎士団だけではない。美月には想像もつかないくらいの多くの人が、美月の救出に関わっている。
昨日の国王夫妻のお出迎えには、自分の仕出かした事の重大性に気付かされた。だけど、どうしたら良かったのかなんて考えても分からない。私はきっと同じことをしてしまう。レオには自覚を持つようにと言われたけど、一体何の自覚を持てばいいのかすら分からない。
唯一分かっていることは、怒られそうだから口にはしない。でも、考えてしまう。
―――迷惑かけているなあ―――と。
それも迷惑かけたくない、大事な人ばかりにだ。
考え込んだまますっかり無口になった私の隣で、団長は静かに歩調を合わせて歩いてくれる。
優しいよね。
泣きそうなくらいに。
騎士団の練習場に着くと、そこにはいつものメンバーが待ってくれていた。
「ミツキー、遅いぞ!待ちかねた」
「ミツキ、今日は何をするんだ?」
「ミツキ、シュートが曲がらないんだが、ミツキのように弧を描くにはどうしたらいい?」
いつもの会話にいつもの笑顔。
ありがたくて、嬉しくて、やっぱり申し訳なくって…。
「みんな、助けに来てくれてありがとう。それと、迷惑かけてごめん」
やっぱり黙っていられなかった。
頭を下げる私と一瞬の静寂。
折角、みんなが気をきかせてくれたのに、ぶち壊しちゃったか―――
ところが、すぐに笑い声が湧き上がる。
―――あれ?
「何言ってるんだ、ミツキ。助けに行くのなんて当たり前だろう?」
リチャードが声をかけてくれる。
「そうだ、何を言っているんだ」
ハーリーも笑っていた。
「まさか、俺たちが助けに行かないと思っていたのか?それはそれで傷つくぞ!」
ジョージがにやりと笑う。
「いや、それはないよ。だってみんな騎士団の立派な騎士だから…」
美月は慌てて否定する。
「なんだよそれ」
リチャードの機嫌が悪くなった?
「そうだそうだ」
ハーリーは相変わらず相槌を打っている。
「確かにミツキは殿下の大事な婚約者だ。それは変えようのない事実だ。だが、俺たちにとっては婚約者である前に、仲間だ。大事な仲間なんだ」
ジョージが力強く語る。
「そうだそうだ」
相変わらずのハーリー。
「大事な仲間を助けに行くのに騎士団は関係ない」
イアンが微笑んだ。
美月は驚いて顔を上げる。
「え、何だその顔は?えっ、もしかしてそう思っていたのは俺たちだけ?」
イアンも驚いた顔をしていた。
「本当か?それはショックなんだが」
ジョージも目を見開いている。
「あ、団長。睨まないでください。もちろん騎士としての矜持は捨てておりません」
リチャードはオリヴァーの表情を敏感に読み取っていた。
「当たり前だ。だが、ミツキ殿。そういうことだ」
オリヴァーも笑っている。
いつの間にか泪が零れていた。
「ありがとう皆。…私もみんなのこと、大事な仲間だと思っている…。私、私も…、皆のピンチには、私も戦うから!」
美月は力いっぱい握った手で、語気を強めた。
「いや、それはいい」
「そうだな、それはやめてくれ」
即座に否定される。
「え、なんで?それじゃあ、不公平だ」
折角やる気なのだ。
「いや、流石にそれはダメだろう。それにサッカーで充分助けてもらっている」
イアンが慌てる。
「そうだな。ミツキ殿にはミツキ殿にしか出来ないことがある。俺たちはもう十分助けてもらっているよ」
オリヴァーが感謝の意を伝えた。
「皆…。分かった。みんなの気持ちに応えれるようにもっと頑張るね」
「その意気だ」
異世界でのサッカー仲間と、改めて気持ちが通じ合えた。じわりと胸が温かくなる。
「うん、ありがとう、団長、皆。それじゃあまず初めに、感謝のリフティングから行こうか!」
「感謝のリフティング?」
「うん。みんなのリフティングが1000回続けられるよう懇切丁寧に、がっちりしっかり指導するよ!さあやろう!」
「1000回?」
「なんだそれ?そんなに出来るのか?」
「いや、俺はシュートを…」
皆が動揺する。
「はい、つべこべ言わない!みんなボール持って…、用意スタート」
訓練場で汗を流す団員たちの火照った頬を、北からの乾いた風が吹き抜けていった。




