サッカー女子のソウルフード 1
何故陛下が此処に?謁見室とか行くんじゃないの?そもそも国王夫妻が揃ってこんな玄関先にひょこひょこ来るものだっけ?服もワンピースのままだけど、いいの?戸惑いを隠せない美月はルーカスにエスコートされるがままに、ホールの中央へと進み出て礼をする。
「ルーカス、ミツキ、無事に戻って何よりだ」
国王の声がホールに響き渡る。
「ありがとうございます。この度はご迷惑とご心配をおかけしました」
「ご苦労だったな、ルーカス。ミツキは大事ないか?」
「はい、ルーカス王太子殿下と皆様のおかげで、無事に戻って参りました」
「疲れたであろう、まずはゆっくり休むがいい」
「お心遣い感謝致します」
「うむ。ルーカスは急ぎ報告を!」
「はっ」
国王夫妻が去っていく時、王妃様と目があう。にっこり微笑んで頷いてくれていたが、目には光るものが見えた。
こんなにも多くの人を心配させてしまったのだと胸が痛んだ。
あの時…、本当はどうすればよかったのだろう…。
そもそも自分が一人になってしまったが故に誘拐されてしまった。大勢の人が救出のために動き、今も現地に残って調査をしてくれている人もいる。あのなんだか訳ありな3人組も、自分の軽率な行動がなければ誘拐犯になることもなかったかもしれない。まして足は骨折しなかっただろう。
そして何より、ルークを夜の海に飛び込ませることは無かったはずだ。この国の王太子を…。
クシャっと、美月の頭にルーカスの手が乗せられる。
「そんな顔をするな。大丈夫だ、ミツキ」
「ルーク…」
「案ずるな、後で行くからそれまでゆっくり休んでろ」
「うん…」
ルーカスが優しく笑い足早に去っていく。
その背中を見送りながら、いよいよ現実と向き合わなければならない時が来たという実感が、重く伸し掛っていた。
翡翠の間に戻った美月には“まずは腹ごなし”だろうと、気をきかせたアイラが食事の段取りを済ませていた。
さっきまで一応、落ち込んでいたのに―――と思いつつも、美月も運ばれてくる食事と食欲には抗えなかった。このあたり、アイラは美月の扱い方を心得ている。
「ふふっ、城下で食べた料理も美味しかったけど、お城の料理も格別だよね」
「まあ、ミツキ様。料理長にお伝えしておきますわ。きっと大喜びされるでしょう」
「ホント?―――ねえ、アイラ。料理長に会う事って出来ないかな?」
「それは出来ると思いますが…」
「本当に?じゃあ是非!」
「かしこまりました」
そうして食事が終わる頃に、料理長が翡翠の間に姿を見せた。
「お呼びでしょうか、ミツキ様。お料理がお気に召していただけたようで、大変ありがたく思います」
料理長は真っ白いシャツの上からでもわかる逞しい体つきをした男性だった。年の頃は40代半ばといったところだろうか。大鍋を振るためか太い腕も印象的だ。それとは対照的にくるくるとした巻き毛が愛らしく、少しポッチャリしてきたお腹もちょっと強面の印象を和らげている、と美月は勝手に分析していた。
「初めまして、何時も美味しいお料理をありがとうございます。あの…、すみません、来ていただいたのですね。私がお伺いしようと思っていたのですが…」
「お褒めに預かり光栄でございます。ですがミツキ様をあのような場所へお連れするわけには………あの…」
見るからに残念そうな美月の表情に、料理長は言葉に詰まった。
「もしや、興味がおありですか?」
「はい!」
項垂れかけていた顔を上げ輝く瞳に、料理長は相好を崩す。
「では、ご案内いたしましょうか?」
「いいんですか?お忙しいのでは」
「なあに、構いませんよ。弟子がしっかりしているものだから、最近では私の仕事が無いくらいなんですよ」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
満面の笑みで答える美月の後ろで、アイラが青ざめていた。
「あの、ミツキ様…。ルーカス王太子殿下が部屋で待てと仰っていたと思うのですが…」
アイラの脳裏に過去の記憶が蘇る。
「あー、そうだったね。うん、わかった。早めに帰ってくるね!」
「え?お構いないので?」
「うん、急ごう!」
「いえ、あの、ミツキ様っ…お待ちに………」
躊躇う料理長の背中を押し、戸惑うアイラを残して、美月は部屋を出ていった。
美月の中で食に勝るものがあるのかと、アイラは深いため息をつきながら考え込むのであった。
王城の台所。考えるだけでワクワクする。
「そんなに興味がお有りですか?」
にやにやと笑いの止まらない美月に、道すがら料理長が声をかける。
「それは勿論!だってあんなに美味しい料理が生まれる場所でしょう?どんなものがあるのか想像するだけでも楽しいもの」
「そんなに楽しみにして頂けるなら、フルコースでご案内させて頂かないといけませんね」
「本当ですか?やった!」
美月は両手を握り締めて喜んでいる。珍しい娘だと思いながらも、褒められると悪い気はしない。
「そうだ、あの、もし良ければ…、この前出していただいた鴨肉のフルーツソース掛けのレシピを教えていただけませんか?」
「ああ、気に入っていただけましたか?」
「はい、とても美味しかったので」
「それを聞いてどうなさるのです?」
「自分でも作ってみたくて…」
「おや……、ふむ…。お教えしてもよろしいのですが、何せあのレシピは私が長年かけて編み出した黄金比のソースなので…」
「そうなんですね。道理で美味しいはずです!」
「い、いや、まあ…。本当は3ヶ月くらいなんですけど。そうですねえ、でしたら代わりにミツキ様のお国の料理を教えていただけますか?」
「私の国?」
「ええ、是非お願いします」
私の国といえば和食?だよね。
さすがに出汁とかはないよね?
とりあえず了解したものの―――――。
うーん、この国の材料で何ができるんだろう…?
美月は地下への階段を下りながら、自分の知っているレシピを順に思い起こしていた。




