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帰城

「ミツキ、一人は退屈だろう」

 そう言ってルーカスが馬車に乗り込んできてからかれこれ一時間くらいになろうか。


 今回の事件で分かっていることを話してくれたのは30分ほど。

 今は呑気に昼寝をしている。

 美月の膝枕で――。


「足の血流が悪くなるんだけど……」

 赤い顔と緩んだ口元で呟いてみる。

 昨日のキス騒動からずっと御機嫌な王太子は、遠慮というものがなくなってきているような気がする。

 気のせいじゃないよね、レオにも浮かれすぎって釘を刺されていたし。

 思い出して思わず笑った。


 それにしても―――。

 幸せそうに眠っているなあ…。

 やっぱり見とれてしまう寝顔だ。

 馬車の振動で揺れる艶やかな髪を、そっと撫でて梳いてみる。


「ん…」

 ルーカスが僅かに動く。

 美月は心臓が飛び出そうなくらいに驚いた。

 治まらない動悸とともに暫く固まっていた美月だったが、ルーカスが目を開けないことを確認して長息する。


 昨日は山盛りの朝食の後、美月は部屋でゆっくり休んでいた。時折やって来る女将さんの語るルーカスの少年時代に萌え、城下で護衛についていたジェイソンの涙ながらの謝罪を宥めるのに、時間を費やしたくらいだ。

 だが、ルーカスは一日中忙しそうだった。顔を合わせたのは食事の時だけだ。昨夜も遅くまで仕事をしていたようだった。

 ―――ゆっくりできるのは今のうちだけなのかもしれない。そっとしておいてあげよう。


 美月は馬車の窓から見える風景に目を向けた。

 城下の風景とは違い、石を積み上げた上に藁葺きの屋根の家が点在している。

 広がる畑は麦畑だろうか。遠くの方に黄金色に揺れる畑もポツポツ残ってはいるが、その多くは刈り取られていた。遠くに水車も見える。

 城まで馬で3時間ほど、馬車なら急いでも5~6時間はかかると言っていた。

 ならば、拐われた時に乗せられていた馬車は、暴走馬車だ。今乗っている馬車とは明らかにスピードが違う。魔法でも使っていたのか――。いずれにせよよく壊れなかったものだと、あのおんぼろ馬車を思い出す。

 既に遠い過去のようだった。



 港町の宿を出て、3時間くらい経っただろうか。

 レナードや騎士団の多くは馬で帰城の途に就いた。そろそろ到着している頃だろう。

 サミュエル王子まで来ていたのには驚いた。美月を誘拐した4人のうちの1人、あの毛色の違う男と対峙して倒したと聞いた。ご迷惑をおかけしましたと詫びると、『ミツキの為ならどこへでも行くよ』と相変わらずなセリフを吐いた。そうして『城で待っているからね』と意味ありげに笑い、優雅に馬に跨った。

『待たなくていいです』

 そう言い返したかったが言葉に詰まった。

 王子の意味ありげな笑いは、美月の帰る日程が決まった事の表れかも知れない。

 メイソンが回復していると言っていたのだ。

 城に帰ったら、現実が待っている。


 この世界に落とされた日、あんなに帰りたいと願っていたのに、今は考えるだけで胸が苦しい。


 そっと膝の上で寝ているルーカスに目を向ける。

 相変わらず幸せそうな顔をして眠っている。少しホッとして背もたれに体を預けた。




「ミツキ、ミツキ!」


 ルークが呼んでいる。


「ミツキ、そろそろ起きろ」

 ―――ん?


「城に着くぞ」

 ―――んん?


 慌てて目を開ける。


 ああ、馬車の中だ。いつの間にか眠っていたみたいだ。拐われた時と違って、枕が心地いい。

「ふふっ…」

 私は笑って枕を撫で、頬を摺り寄せた。


「――っ、ミツキ、やめろ!それ以上は俺が拙い」

 なんで上から声がするのだろう?

 振り仰ぐと、そこには眦を赤くしたルークの顔。


 ん?


 と、いうことはこの枕は…。

 思わず揉んでしまった。


「ミツキ!」

 慌てて起き上がる。赤いルークの顔とその腿を交互に見比べる。

「ええ、なんで、どうして?!」

 おかしい、いつの間に私が膝枕で寝ているなんて!何がどうしてこうなった?


「なんでって、ミツキが馬車に揺られながら寝るからだろう」

「え、だって…」

 ―――ルークだって寝てたじゃない!


「ああ、俺の足の血流も悪くなったかもしれないな」

「………まさか、起きてたの?!」

 にやりと笑うルーカスは楽しそうだ。

 色々と言いたいことはあるが、とりあえずはまあいいかと苦笑した。


 不意にルーカスが手を伸ばし美月の髪に触れた。

「え?」

「じっとしてろ、ミツキ」

 ルーカスが美月の髪を梳き、撫で付けていく。

「ルーク?」

「髪が乱れている。このまま降りると、何をしていたんだと突っ込まれそうだからな」

「何をって、…何するの?」

 美月は真剣な顔つきで首を傾げている。


「………。いや、わからないなら良い。…忘れてくれ」

 再び染まったルーカスの眦を、美月は不思議そうに眺めていた。



 少しして、馬車が止まった。

「さあ、着いた。皆心配している。元気な顔を見せてやれ」

「うん」


 開かれたドアからルーカスが降りる。なんだか外が騒がしい?

 戸惑っていると、ルーカスがエスコートしてくれた。


「ありがとう」

 ルーカスの手を取り馬車の外に出ると、わっと歓声が上がる。

「へ?」

 呆気にとられている美月の目に映ったのは、顔なじみの女官や衛兵、侍女や騎士団の面々など多くの出迎えの人垣だった。


「みんな……、仕事は大丈夫なの?」

「そこか?」

「だって、こんなにたくさん集まったら…」

「言っただろう?皆心配していたんだ。笑って手を振ってやれ」

「え、それはさすがに恥ずかしいよ」

「そのうち慣れる。ほら」

 ルーカスが美月の手を取り振って見せた。再び歓声が上がる。


「わ、わかった。自分で振るからっ」

 人に振られるほうが恥ずかしい。美月は観念して手を振ってみせた。そのまま歩くという羞恥プレイのような状況に耐えながら玄関ホールに着くと、涙に濡れたアイラの姿があった。


「ミツキ様、よく…ご無事でお帰りにっ……」

 震える声は、最後までは言葉を紡げなかった。

「うん。ごめんね、アイラ。心配かけたね」

「いいえ、いいえ、ミツキ様…」

 泣きじゃくるアイラを優しく抱きしめた。どこかで黄色い悲鳴が上がっているけど気にしない。拐われる直前まで一緒にいたのだ。真面目なアイラのことだから、一人で責任を感じていることいただろう。嗚咽するアイラの背中を優しく撫でた。


 急に、騒めいていたホールが静かになった。


 ルーカスが囁く。

「ミツキ、陛下だ」


 皆が一斉にひれ伏す中、玄関ホール中央の階段の先に国王陛下夫妻の姿があった。


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