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船上の決断 1

 男は、風よけの幌を捲くり上げ、御者台から身体を滑り込ませてきた。


「!」

 美月はその手許を見て、顔を強ばらせる。

 男は手に布を持っていた。躊躇う事無く、美月の口許にその綿布を当てた。



 少しして、美月の体が崩れ落ちる。


「面倒だから眠っててね。お嬢さん。……おい、縄を解いて船に運べ」

「えっ?俺たちここまでじゃ…」

 俺は思わず聞き返す。


「事情が変わった。最後まで付き合ってもらおう」

「そんなっ…」

「早くしろ!時間がない」

 俺と相方はアニキを見る。アニキも渋い顔をしている。だけど、もうどうしようもない。

 言われた通り、俺たちは娘の縄を解いて船に向かった。



「失礼、そちらのお嬢さんはどうなさったのですか?」

 タラップを上がりデッキに降り立つと、クルーが声をかけてきた。

 意識のない娘を抱えているのだ。それは目立つだろう。


「ああ、疲れて寝てしまわれたのです。長旅だったものですから」

 クルーは男の持っている乗船券に目をやる。

「そうでしたか。どうぞお通りください。客室は2階になっております」

「ありがとう」


 このヤバイ奴は、涼しい顔押して通り抜ける。娘を抱えたアニキに俺たちも続く。

 何が、『事情が変わった』だ!俺たちの乗船券も準備しているじゃないか、初めからこのつもりだったんだ。騙しやがって!

 ちらりと見ると、アニキは抱き抱えた娘をじっと見ていた。




 ルーカス達が港町に入る頃には、すっかり夜も更けていた。

 港に向かう街道は広く整備されている。一気に駆け抜けたいが、そうもいかない。外国船籍の船から下ろした積荷を運ぶ馬車、街道脇の路地の飲み屋から出てくる酔っぱらい。夜更けだといっても、僅かだが行き交う人も馬車もあった。


 馬も随分疲れている。

 だが、あともう少し―――。


 その時、汽笛が鳴った。

 ―――出航?!


「急げっ!」

 ルーカスの声が、霧の夜の街道に吸い込まれていく。




 部屋の前に来ると、汽笛が鳴った。

 船が後進しゆっくりと旋回する。


 男たちは扉を開けて部屋に入り、美月は簡素なベッドの上に寝かされた。


 美月の額にじわりと汗がにじむ。


 あれ?

 ちょっと待って。

 大人しくしていたのはいいけど、船?

 どうしよう。

 動いてるよね。

 船って………。


 薬を嗅いだふりをした。我ながらいい演技だった。そこまでは良かった…。


 いや、やっぱ、まずいよね…。




 埠頭にたどり着いたルーカス達の目に、ゆっくりと旋回する船が映った。

「出航したか―――」

 ルーカスの言葉にサミュエルが反応する。

「あの船にミツキが乗っていると?」

「恐らく……」


「殿下!」

 ルーカスの言葉を遮るようにカイトの声が埠頭に響いた。

「どうした、カイト!」

「あちらをご覧下さい!」

 カイトの指す方に幌馬車が止まっている。幌に二本線、跳ねる馬のマーク。あの貸し馬車屋の屋号だ。

 誰も乗っていない馬車の中に入り、落ちていた子袋を拾い上げて中身を確認する。

「当たりだな」

 ルーカスは確信を得る。


「どうするんだい?」

 埠頭に立ったルーカスを、訝しげに見るサミュエルに構うことなく、ルーカスは魔力を高めていく。呟きながら手を動かすと、デッキが何やら騒がしくなる。

「船を止める」

「は?」

 何を言っているのだとサミュエルはルーカスと船を交互に見る。そうして気がついた。


「………何ということだ」

 マストに帆が纏わり着いていく。


「何をやった?」

 ルーカスの魔力を前に、サミュエルの表情は険しくなる。


「何も。帆を張る前に戻しただけだ」

 ルーカスは口許の端をわずかにあげる。そうして直ぐに船に向き合った。


「…じゃあ、僕らをあの船に運ぶ事も出来る?」

 サミュエルは少し期待も込めて、ルーカスを見る。

 ルーカスはちらりとサミュエル達を見て、肩を竦める。

「…流石に4人は無理だな」

「ふーん。じゃあどうやって移動する?」

「そこは船で」

「…地味だね」

 そんなものかとサミュエルは嘆息する。


「殿下、警備艇の準備が出来ました」

 姿が見えなくなっていたカイトが戻ってきた。

「すぐ行く。ルクタスの船には?」

「調査に向かう事は信号弾で伝えています」

「わかった。サミュエル殿、行こうか」

「…なるほど、わかったよ」


 警備艇は、ルーカスの魔力の助けもあり、時刻を要さずしてルクタスの船の横に付けられた。

 直ぐに、縄梯子が下ろされる。





 ―――却下だ!

 おとなしく待ってられない。


 美月は、目を見開いた。するとその先に居た、ロープを持って近づいてくる男と目があった。

 刹那、男が怯む。

 美月は、その男を思い切り蹴り飛ばし、急いで起き上がると、ドアに飛びつく。

 眠っていると安心していたのだろう。男たちの反応は鈍い。

 だが、馬車を走らせていた男だけは素早い動きで美月に伸し掛ろうとする。その前に、ドアが開いた。

 開いたドアから体をすべり込ませ、勢いよく閉める。薄暗い廊下に出ると、そのまま右に走り出す。これが正解かはわからなかった。後ろでドアが閉まる大きな音が響く。間違いなく、あの男が追って来ている。だが振り返る余裕はない。

 角を曲がって船員らしき男とぶつかりそうになるが、寸前で体をひねって躱し、再び走る。走る。とにかく走った。こんなところでもサッカーの技術と体力は役に立っている。

 正面に艶やかな羽目板の壁―――


 行き止まり?!


 と思ったが違う。左右に廊下が分かれていた。右へ曲がると甲板に出た。そのまま船首へと向かう。

 反対側では何やら人ごみが出来ていた。左に曲がるとあの人ごみで進めなかっただろう。そうでなくともデッキには乗客や船員の姿が多くあった。

 船の周りを確認する。

 港らしき灯からは、まだそう離れていなかった。


 振り返ると、男が甲板に出てくる姿が見えた。

 男は直ぐに美月に目を向ける。目が合った。


 やばっ!


 美月は再び船首に向かい走り出す。

 男は何か叫びながら追ってくる。


 次の瞬間、美月の足は船首の手すりを踏み台にしていた。


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