忍びよる影 8
「どうした!何があったのか?!」
カイトが馬上から声をかける。
何やら大きな荷の傍で、白い布を振り合図を送るのは、おそらくロイド隊の先陣隊のものだろう。だが、様子が変だ。よく見ると、その後ろ、道の端で横たわっている男がいた。
カイトが常足で馬を男の傍に寄せようとしたその時、大きな荷が動いた。
「!」
咄嗟に身構える。
いや―――。
「馬…?」
ルーカス達に走っていた緊張が、戸惑いに変わっていく。
大きな荷だと思っていたものは馬だった。馬が2頭、立ち上がれずにもがいている。白い布を振っていた男の脇腹には血が滲んでいた。顔を歪め血の滲んだ脇腹をかばうように立つ姿から、痛みは相当に強いのだろうと伝わって来る。横たわっている男は動かない。
「何があった?」
ルーカス達は近くの木に馬を繋ぎ、男の許へと急いだ。
男はロイド隊の副隊長ニクソン・ヒューズと名乗った。王太子に加え、隣国の王子の登場に、ニクソンは青ざめた顔をさらに青くした。
だが、逡巡した後、現状に至るまでの経過を話し始めた。
ニクソンと今横たわっている男――バーリー――は、廃教会の動きを見張っていた。しばらくすると、廃教会の裏手から現れた男たちが教会の鍵を開け、荷物を運び出す。そうして男たちは馬車に乗って出発した。息子を待っていると言っていた老夫婦を残して。
ニクソンは近くの隊員を呼び寄せ老夫婦を確保させる。自らはバーリーを連れ馬車の後を追った。男は少なくとも4人。もし王太子の婚約者が乗せられていれば、この人数での対応は困難だ。婚約者殿の安全が保証できない。馬車を見失わないように慎重に尾行した。
しかし、隣町までの中間地点に差し掛かったところで、馬車は速度を落とし停止した。ばれたかと思い脇に寄り、木の陰から様子を伺っていると男が降りてきた。どうやら用を足しているようだ。
少し安堵する。再び動き出した馬車を追うべく、少し間を置いてから馬を走らせた。
だが、突然クッと反対方向に馬が引かれる感覚があった。
違う。
馬がその場に倒れると同時に自身が前方に放り出されていた。その様子に驚いたバーリーが目を見開くのが見えたが、刹那、バーリーも同じように放り出されていた。だがニクソンが見たのはその瞬間のみ。後は地面に激しくに叩きつけられた。咄嗟に受身を取ったが、体を動かそうとすると脇腹に激痛が走った。痛む体を起こすには、少し時間が必要だった。
乗っていた馬は立ち上がることができずに暴れていた。
ゆっくり体を起こして周りを見回すと、バーリーが倒れていた。ピクリとも動かない。脇腹を庇いつつ近づくと、どうやら息はしているようだ。
一体何が起こったのかと興奮する馬に近づいた。
「それが、これです」
ニクソンがカイトに差し出した。
「…組紐?」
「はい。その細い組紐が、一定の間隔で地面近くに張り巡らされていました。目立たぬようご丁寧に黒く塗ってあります。そこに馬の足が引っかかり絡まったものと思われます。用を足していたと見せかけてこれを仕掛けていたようです」
「つまり、こちらの行動はお見通しだと?」
「おそらく…。申し訳ございません」
ルーカス達は顔を見合わせた。
「馬は、もうダメでしょう。バーリーは気を失っているだけかもしれませんが、今はなんとも…申し訳ございません」
ニクソンが震えながら胸に手を当て礼をする。
「いや、ご苦労だった。直に後続隊が来る。戻ってゆっくり休め。レオ、いやウェリントン公爵、ここは任せる。けが人の救助と馬の状況確認が済んだら残りの者と来い!」
「御意」
ルーカスはレオに指示を出し踵を返す。
「行くぞ!」
「ルーカス殿、行くはいいけどまた仕掛けがあるかもしれないよ?」
「サミュエル殿、大丈夫だ」
「……」
口の端しを僅かに上げたルーカスの顔を、サミュエルは訝しげに眺めた。
しばらく走ると、サミュエルが危惧していた通り、仕掛けが張ってあった。しかし、その仕掛けが馬の足にかかる前にルーカスの張った結界によって弾き飛ばされていく。
―――ああそう、そういう事ね。
サミュエルは納得しつつも、ルーカスに恨めしそうな視線を投げた。
そんなサミュエルの視線を感じつつ、ルーカスは先ほどのニクソンの話を思い出していた。馬車に乗る人物の中に、ミツキと思われる女性はいなかったと言っていた。荷物が運び込まれた様だが布に包まれていてわからなかったと。布に包まれているのがミツキだとしてどういう状況なのか。あまり良い状況ではないということだけは確かだが、その先を考えると冷静ではいられなくなる。嫌な予感を振り払ってはまた考える。頭の中で堂々巡りするばかりだ。
半時間ほどで隣町に着いた。さて、ここからどうするか―――。
港町と都の間にあるこの街は、流通によって栄えてきた。夜になっても煌々と灯が点され賑わっている。この街に留まっている可能性はあるだろうか…。
「殿下!」
眉根を寄せて考えていると、カイトが馬を寄せてきた。
「どうした?」
「あれを…」
促されて目を向けた先に、なんとも使い込んだ幌馬車が停まっていた。
「これはまた、えらく古い…」
いや、違う。そうじゃない!
今にも壊れそうな馬車―――。
「まさか、あの馬車は……!」
カイトが頷いた。




