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忍びよる影 7

 ―――って、痛っ!

 時々跳ね上がって床に打ち付けられる。治まらない頭痛にこの振動は拷問だ。

 そんなつもりがなくても眦から一筋溢れる。


 さっきまでは整備された道だったんだろう。今は荒れている。

 いや、荒れすぎだって!

 痛い痛いっ!




 ドアが開いて男たちが入ってきたのは、数十分前の事。

 ドアが開いても暗いという事は…


 ―――夜だ。いつの夜だろう?


 何やら話しかけられるけど、ネックレスを失くした今、やっぱり言葉が分からない。

 なので、何も言わずにそのまま寝たふりをする。

 手足も縛られて、今更暴れようがないしねぇ。


 結果、何やらゴワゴワした布に包まれる。いや、巻かれる?

 いわゆる簀巻状態になったその布の両端が持ち上げられ、私はなんぞの荷物の如く運ばれた。


 いや、ちょっと酷くない?

 私、一応レディなんですけど?




 そうして、今乗せられているのは、きっと馬車。

 結構ボロい。

 はず。

 暗くてよく見えないし、馬車についての知識はない。それでも振動の度にギシギシとあちこちが軋む嫌な音は、怪しいと思わせるには十分だった。特に道が荒くなってから激しい振動は、木製のジェットコースターに乗っているくらいのスリルは味わえている。


 ああ、あと、埃っぽい。

 嚔を我慢するのが…。

 ま…まずい。

 堪えていたものが…。

 奥歯を思いっきり噛み締める。

 鼻がツーンとする。

 眼も見開き堪える。


 んぐっ…。

 再び泪が滲んでくる。

 ふえっっ…。


「…っぶしゅっ!」


 乙女に有るまじき音が出る。

 せめて口許を覆われてなかったら…。

 この緊張感の無さが恨めしい。

 いや、ちょっと待って。今、鼻の周り大惨事じゃない?


 この暗がりの中で空中を切なく彷徨う私の眼は、目の前の男のそれと合った。


 ……………。


 互いにしばし固まった。


 目の前の男はすいーっと顔を横に逸らした。


 いや、なんで逸らした?

 鼻かな?ねえ、鼻、悲惨な事になってるの?

 暗がりにも随分目が慣れてきた。

 救いを求めるように男の方を見る。しかし、目を合わせようとはしてくれなかった。


「っ!」

 突き上げるように馬車が跳ね上がる。跳ねた後、頭と肩を床に叩きつけられ、痛みに顔を歪めた。縛られた口許からも、呻き声が漏れる。

 ピッチで倒される方が、余程マシ、いや、全然。

 ホント。もうどこでもいいから早く着いて欲しい。

 命の危険云々は着いてからだ!うん。

 この際、鼻も後回しでいい!


 ―――あれ?

 止まった。

 何人かが馬車から降りたみたいだ。馬車が揺れる。

 目的地についたのかと思っていたが、再び馬車に男が乗り込んできた。

 馬車が動き出す。

 小用?


 再び馬車は速度を上げていく。


 い…痛痛痛っ!

 再び床との戦いだ。

 もう泣きたい。


 しばらく走っていた馬車は急に速度を緩め停車した。体が進行方向に引かれ床を滑る。


 ゴンッ!

 鈍い音と同時に星が飛んだ。






 廃教会の近くで捉えられた老夫婦は、『詳しいことは知らない。通りすがりに頼まれただけだ』と弁明する。

 だが、たっぷりの銀貨を懐に忍ばせていた。馬車の代金と役人への偽証代にしては多すぎるだろう。

 一見、人さらいと関係がありそうな雰囲気ではなかったが、それも調べれば何か情報が出てくるだろう。


 後続の警備隊に老夫婦を任せ、先を急いだ。


 ロイド隊の先陣隊が馬車を追跡している。

 その中にミツキが…いるはずだ。

 無事でいてくれ。

 逸る気持ちを抑えながら、ルーカスは馬を駆った。


 いや、抑えられていなかった。

 疾風の如く駆け抜けるルーカスの傍には、レナードとカイト、サミュエルとジュールの4人の姿しか無かった。一人、また一人と離されていった結果だ。

 だが、誰もが速度を緩めることなく駆けていく。


 その時、遠くの空が光った。


 信号弾だ。緊急事態を表す赤い色―――。


 何事だ?!

「レオ、カイト!急ぐぞ!」


 そんなことを言わずとも、二人とも心得たものだ。ルーカスとて十分すぎるくらい分かっている。それでも、声に出さずにはいられなかった。


 サミュエルも離れず付いてくる。


 流石と言おうか。

 いや、当然か。

 あの4年前の戦においてもそうだった。隣国の麗しき王子は手足のように馬を操り、舞うが如く剣を翻しながら戦場を駆け抜けた。

 鍛え上げられたエアージョン帝国軍の統制の取れた攻撃に、ハーヴェロード王国の騎士団と魔法師団、レスター辺境伯率いる兵団も苦戦し、一進一退の攻防が続いていた。

 突破口が無い訳ではなかった。しかし、この戦に勝ったとして数年もしないうちに、再び戦になる可能性の方が大きかった。

 エアージョンとハーヴェロードの国境に位置するデュナウト山。この山は鉱山だ。それぞれの国で採掘していたがエアージョン側は採掘場が枯渇し新たな採掘場所を選定しようとしていたが上手くいかなかったらしい。ならば、と手っ取り早く攻め込んできた。

 ハーヴェロード王国よりも北に位置するエアージョン帝国は国土こそ広いが、極寒地域も多く、作物も育ちにくい。主な交易資源は鉱物と林野関連、材木だ。しかし雪深い時期ともなると、先ず運搬にコストがかかりすぎた。氷点下20度にもなる環境でこの仕事に従事するものは、凍傷により鼻や耳、指を失くすものも多く、文字通り命懸けでリスクが高すぎる。故に帝国維持のために、いや栄華を極めるきらいもあっただろう、豊かな土地を求め国土を広げてきたのだ。時に、王位継承権に揺れていた帝国では、デュナウト山を落とすか落とさないかでその評価は大きく違ってくる。その流れの中、戦好きと評判のサミュエル王子がこの戦を起こした。一向に引く気配のないその王子の説得よりも、周りから固めようと、現在ウェリントン公爵の補佐官であるトマスをエアージョンに送り込んで、事前交渉の準備から交渉に当たらせた。

 デュナウト山の共同採掘、開発について帝国側はすぐに乗ってきた。まあ、サミュエル王子はそれが気に入らなかったようで、未だに根に持っているようだが。

 余談だが、この時の和平交渉の詰めや調印はレスター辺境伯の屋敷で執り行われた。それが縁となり、今度辺境伯の令嬢がエアージョン帝国軍のエリート官僚に嫁ぐこととになっている。


 その麗しき隣国の王子も、今は口を固く結び厳しい顔つきだ。

 今の信号弾で感じるところはあっただろう。


 ルーカスは先を急いだ。


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