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忍びよる影 6

 西に連なる山々に陽が落ち、家々の灯がぽつりぽつりと街を照らし始める。

 一の通りと二の通りの間の辻にある、城下を警邏する警備隊の本部は、既に煌々と灯が点されていた。忙しなく人が出入りしているこの館で、奥にあるこの一室だけは重く静まり返っていた。


 今しがた報告を終えたばかりの隊員は、その重苦しい空気に直立不動となり、目を泳がせていた。


「後は?」

「はっ!後、報告が来ていないのは第16ブロック担当のロイド隊、主要街道担当のコリー隊とジェネビス隊です。近隣の村を回っているサンダー隊の3小隊は引き続き調査中だと」

 ライアン・ガーラード警備本部隊長がルーカスの問いに答える。


「こうも何も情報が出てこないとはな…」

 ルーカスが眉根を寄せ、そのエメラルドグリーンの瞳を閉じる。


 最悪…と嫌な考えが頭をよぎる。

 しかし、すぐさま否定する。

 “命を取りたくばその場で取っていたはずだ”

 攫っていったからには、他に目的があったはず。…他の目的―――。

 そう考えれば今度は、奥歯が潰れそうなくらいに歯噛みしてしまう。


 何故あの時、ミツキの側を離れてしまったのか…。


 内ポケットに入れた美月のネックレスを服の上から握りしめる。

 美月の行方がわからなくなってからずっと、同じ考えが頭の中を回っている。その間にも、美月のコロコロ変わる表情、その笑顔を思い出しては、胸が締め付けられる。

 本当は今すぐにでも街中を捜して廻りたい。


 苛立ちが収まらない。

 自身を制す事にも、そろそろ限界が来ている。


 その時、バタバタと荒々しい靴音が聞こえてきた。

「失礼いたします!ウェリントン公爵がお着きでございます!」

「お通ししろ」

 ライアンが即座に返事をする。


「あのっ、それと…」

「どうした?」

 逡巡する隊員を、ライアンは訝しげに見る。

「それが……」

「ああ、いいですよ。私からお話しますから」

 後から入ってきたレナードが、困惑している隊員に告げた。あからさまに安堵した隊員は、その場を辞する。


「レオ、来たか」

 レナードはその榛色の瞳を微かに細め、ルーカスへの労いの意を伝える。

 心得たようにルーカスも小さく頷いた。


「殿下、遅くなりました。先ず状況を確認したいところですが、実は外にサミュエル王子がおいでております」


「サミュエル殿が…?」

「ええ、入っていただいでも?」


 レナードの言葉にルーカスが返事をする間もなく、ドアが開いた。

「悪いね、待てずに入ってきたよ」


 開いた扉に遅ればせながらノックをし、後方でオロオロする隊員に構うことなくルーカスの前まで詰め寄った。そのまま、街の地図や捜索状況など書類が広げられた机に勢いよく片手をつき体重を預ける。残りの手を腰に置き、煌く紫水晶の瞳を細め不満を露にした。


「ルーカス殿、これはどういうことだい?」


 サミュエルの後にジュールが続き、レナードに礼をする。案内を待たずに入室した侘びだ。レナードが肩を竦め、会釈した。


「どういう事とは?」

「君がついていながら、何故こんな事になっているのかという事だよ」

「サミュエル殿、それは…」

 苦々しい思いをしている胸の内を分かっていて、敢えて詰問しているのだとサミュエルの態度から伝わってくる。


「恐れながら殿下、私からご説明いたします」

 カイトが慇懃に礼をする。

「ふーん。…いいけど、手短にね」

「実は―――」




「経過はわかったよ。君、カイトって言った?」

「はっ!近衛騎士団第二部隊長カイト・ロックウェルでございます」

「あんまり主を甘やかせるのは良くないよ?」


 ルーカスを難詰から救った騎士は、再び慇懃に礼をする。サミュエルは嘆息しつつ質問する。

「男の死んでいた場所で美月が攫われたと結論付けたのは、どうしてなんだい?」

「それは、ミツキ様が大事にしていらっしゃるネックレスが、その場に落ちていたからでございます」

「ああ、そういうこと…」

 サミュエルは短く息を吐く。


 その時、一人の隊員が駆け込んできた。


「申し上げます!ロイド隊からの報告です!」

「申せ!」

 対策本部の置かれた会議室に、緊張が走る。

「はっ!残念ながらミツキ様の姿は見つけられなかったと…」

 一斉に嘆息する。


「―――そうか」

 引き続き警戒を、とライアンが伝えようとした時だった。


「あと、常からの変化と言えば、廃墟となっている教会に老夫婦の姿があったと」


「老夫婦?何故、廃教会に?」

「何でもこの土地を離れる前に昔お世話になった教会に立ち寄ったとか。そこで息子を待っていると」

「土地を離れる?」

「ええ、家族で田舎に戻るそうです。ですが、山超えの途中で壊れそうなくらい、なかなかに古い馬車が移動手段のようで」

「馬車?」

「ええ、かなりの年代物だと」

「中身は改めたのか?」

「はい、僅かばかりの道具。食器も衣類も僅かなものだと」


「…教会は?教会の中は確認したんだろうな?」

「え?いいえ。出入り口には鎖が巻かれて錠前がかけられておりましたので、中には入っていないと…」

「錠前?昨日の巡廻の時には錠前などかかっていなかったぞ。あそこは改修予定で鍵などかけていないはずだ。まさか、測量士がかけたのか?」

 ライアンが、警備本部から各支部までの総務を担当するディックを呼びつけた。


「そんなはずはありません。船便が遅れていて何時着くか不明ではありますが、資材を順次運び込むために、あの教会は常に開けおります。勿論、鍵は私が管理しています。まして鎖も錠前も掛けておりません!」

 突然王子たちの前に出ることになったディックは、緊張に顔面蒼白となりながらも、確固不動の自信を持って答える。


 部屋中に、一斉に椅子を引く音が響いた。


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