忍びよる影 3
「ウェリントン公爵!ウェリントン公爵は何処に!」
オリヴァー騎士団長の声が響き渡る。
「そんな大声で私の名前を宣伝しないでいただきたいですね。一体なんです?騒々しい!」
「レナード!此処にいたか!」
どかどかと床を踏み鳴らし、オリヴァーがレナードのもとに駆け寄っていく。
ここは図書室だ。
広々とした空間に醸し出されている閑静な佇まいをぶち壊してしまっているが、オリヴァーには一向に気にした様子がない。それどころか青ざめた顔がレナードにも緊急事態を気づかせた。
「待て、オリヴァー。場所を変えよう」
「あ、ああ。そう、だな」
初めて気づいたかのように動揺するオリヴァーに、レナードは胸騒ぎを覚える。
オリヴァーは騎士団長だ。これまで幾度となく戦を切り抜けてきている。その度胸は折り紙つきだ。騎士としての城内での立ち振る舞いも、団長というだけあり完璧だ。―――女性に対する事を除いて―――
そのオリヴァーが動揺する事が起こっている。
レナードは周囲を確認しながら、オリヴァーとともに図書室の近くの会議室に飛び込んだ。
「一体何事ですか?」
「それが、ミツキ殿が行方不明になったと…」
レナードは一瞬言葉を失った。何を言っているのだと眉根を寄せる。だが、青ざめたままのオリヴァーの眼差しに余裕はなかった。
「まさか!ルークと一緒にいるのでは?」
「殿下が離れた隙に牛に追われて…、その先が分からない」
「牛ぃ?」
レナードの声が思わず裏返った。
だが、構わず問続ける。
「何故、そこで牛が出てくるのです?」
オリヴァーの表情が曇り、沈痛な面持ちになっていく。
「俺にも詳しいことは解らん。ただ、その後見つかったミツキ殿の首飾りの横で、男が殺されていたと…」
「男が殺されていた?何故…」
「俺にも何が何だか…」
「ミツキに怪我は?」
「…分からん。何も分かっていないんだ」
「そうですか…。ミツキが男を殺すとも、姿を隠すとも思えません。誰かに攫われたと?」
「恐らく…」
そこで、レナードがやっと気づいた。
「首飾り?!ではミツキは今、あの石を身につけていないのですか?!」
「そういうことだ」
軽い眩暈を覚え、レナードは会議室の机に手を付いた。
「何と……。それさえ身につけていれば、辿っていけるのに」
「今、ジェイソンに捜索隊を編成させている。カイトは城下の警備隊と連携して、既に捜索を開始しているはずだ。」
「では、指揮はルークが取っているのですね?」
「ああ、だが、事の成り行きによっては殿下の事が心配だ。俺は、これから陛下への報告と捜索隊で抜ける人員の補充やら連絡やらで、暫く城を離れられない。レナード、お前はどうする?」
「勿論、ルークの下へ行きますよ」
「わかった。俺が言うまでもないだろうが、殿下と…ミツキ殿を頼む。必ず無事に探し出してくれ!」
オリヴァーが握り締めてきた手を、グッと力を込めて握り返す・
「オリヴァー…。勿論ですよ」
合わせた瞳で互いの意志を確認し、軽く頷き合うと、さっそく会議室を後にした。
美月を拐かした人物…。
美月の存在を快く思っていない人物…、もしくは美月を欲している人物。あるいは、利害が一致している両者が関わっている…。
レナードは厩舎に向かう足を速めながら、思案する。
それにしても、牛…。何故牛が…?
「やあ、ごきげんよう。ウェリントン公爵殿」
「!」
突然かけられた言葉に、緊張が走る。今まさに脳裏に思い描いていた人物の声だった。
レナードはゆっくりと振り返り、慇懃に礼をする。
「これは、サミュエル殿下。ご機嫌麗しゅうございます」
「そんなに急いで、どこに行くのさ?」
「殿下に申し上げられる程の処ではございませんゆえ、何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます」
「そんな筈はないよね。だってミツキの事だろう?」
「何故そのように?」
「え、だってあれだけ城内大騒ぎなんだよ?気づかない方がおかしいよ」
「…何も騒ぎにはなっていないと思いますが?」
「フッ、わかったよ、悪かったね。うちの者が丁度通りかかって聞いたんだよ。おたくの騎士団長に報告しているところをね」
聞き捨てならない。そんなに都合よくいかないだろう。
「丁度、でございますか?」
「フフフッ、そうだよ」
ニヤリとサミュエルが笑う。
「急いでいるんだろう?単刀直入に聞こう。美月が行方不明とはどういう事なんだい?」
「申し訳ございません。私にもまだ、分かっておりません」
レナードは目を伏せた。
「…わかった、僕も行くよ。大丈夫、君たちの邪魔はしないよ。ただ僕のミツキに手を出すのが許せないだけだから」
サミュエルの眼が不穏に光る。
「馬、借りるよ」
サミュエルが厩舎に向かったと同時に、ジュールが慌てて走ってくる。
「殿下!お一人で行動しないでください!」
「あー、もうわかったよ。ウェリントン公爵殿、もう1頭、馬を借りるよ」
「かしこまりました」
サミュエルの振る舞いに、美月の件には関わっていないと考えるのが、自然だと思えた。
この時は……。




