忍びよる影 4
残酷な描写があります。
―――ガン、ガン、ガンッ…
五月蝿い!誰が打ち鳴らしているんだか!
―――ガン、ガン、ガンッ
ちょっと、いい加減静かにしてっ………
痛っ―――
起き上がろうとしたが、体が動かない。
さっきまで頭の中に響いていた音が、ズキズキとした痛みに変わっていく。
目を開けているつもりなのに、何も視界に入ってこない。なんだこれ?
自分の身体に神経を集中させていく。
動かそうとすると、手首と足首が痛い。初めてのことだけど、多分縛られているんだろう。口許も何かで覆われている。
そして真っ暗闇。
――えっと…。どうしてこうなった?
考えている間にもズキズキと襲ってくる頭痛に、これ以上ないくらい眉根を寄せる。少し動いたらガンガンと覆いかぶさるように痛みが増してくる。
――そうだ、牛!牛に追われていたんだ。その後、町に戻ってあの酔っぱらいに絡まれて…。
そう、壁に打ち付けられて咽せ込んで、それから怒ったんだ。
『ちょっと、何すんのよ!』
『何って、イイことだろう。暴れると痛い目にあうぜ』
男はにやりと笑って、腰のベルトに下げたナイフを取り出し、目の前にちらつかせてくる。男の吐く酒臭い息が辺りに充満し、思わず顔を反らせる。
『大人しくしてな…って、おっ!』
私は丈の長いワンピースのスカートを膝上までたくしあげた。
『なんだ、姉ちゃんもやる気じゃねぇかっ』
その行動に、男の方は悦に入った様子で顔を歪めた。その体から緊張が解けていく。狙うはその右手首。
私は右足を自分に引きつけ、刹那その男の右手首に蹴り込んだ。
『ぐふぉっ』
男の右手が跳ね上がり、ナイフが飛んでいく。
『いっっっ……てぇ―――。何すんだ、てめえ!』
男は悶絶を打ち大きな目を血走らせ、睨んでくる。
それはこっちのセリフだと、股間の急所を思いっきり蹴り上げた。
『………っ!』
今度は声すら出なかったようだ。
『今のうちに』と急いでその場を離れようと振り返り、固まった。
今まで全く気配を感じなかった。男が3人行く手を阻んでいる。
さっきまで対峙していた男とは、比べ物にならないくらいの威圧感。三人とも目許以外は黒い布で覆っている。
悲鳴を上げそうになるその呼吸を生唾と一緒に飲み込み、思わず一歩後ずさる。
心臓の鼓動が激しくなる。まるで耳許で聞こえているかのような錯覚に陥った。
『…ミツキだな?』
眉一つ動かさず男が問いかけてくる。
『…誰?』
『一緒に来てもらおう』
『嫌だと言ったら?』
声が震えそうになるのを必死で抑える。
『悪いが拒否権はない』
『随分だね。か弱い乙女をどうするつもり?』
『か弱くはなさそうだが、まあいい。おとなしくしていれば危害は加えない』
『どういう事?』
『さあ?詮索しないほうが身の為だ』
『…嫌よ。知らない人について行ってはいけないって教えてもらったでしょ?』
『つべこべ言わずさっさと来い!』
男ふたりが両腕を押さえ込む。
『止めて!離してっ!』
両腕にも力を入れるが動かない。ならば…、
ダンッ、ダンッ!
自慢の足で両サイドの男の足を、力任せに踏みつける。
男たちが痛みに足を引く。腕の力が緩んだ。
振り切って逃げようと身をよじる。抜けそうな感覚に少し安堵したその時、下顎を掴みあげられた。体ごと持ち上げられていき、つま先立ちになる。
『大人しくしていろと言っただろう』
『………っ』
『おい、なんだぁ?兄ちゃん達、なにしている。横取りか?』
悶絶を打って蹲っていた男が復活する。
――最悪だ――
『何をしている!』
その時、通りから路地に入ってきた人物がいた。
―――最悪ではないかもしれない。
そう思ったのも束の間だった。
近づくにつれ、傾き始めた日差しの、逆光の中から浮かび上がってきたのは、目の前の男たちと同じ黒い布で顔を覆った人物だった。
『乱暴にするな。傷を負わすなと言われているだろう』
『でもなかなか手ごわい女で…』
美月の下顎を掴んでいた手が離される。掴まれた痕も伸ばされた首も痛い。足にも力が入らない。
『おいっ誰だぁ、お前らぁ?俺を無視するな!』
相変わらず強気な酔っぱらいに、後から来た男が向きなおり、ニッコリと笑った。
『失礼。落し物です』
それは酔っぱらった男が持っていたナイフ、美月が蹴り飛ばしたものだ。と、認識する一瞬の間に、酔っぱらいに詰め寄った男が、その喉をナイフで一突きにする。
美月はひゅっと息を吸い込んだ。あまりのことに思考がついていかない。
『そろそろ大人しく付いてくる気になった?』
酔っぱらいにナイフを突き立てた男は、何事もなかったかのように振舞う。この男にとって日常の一コマなのだろうか。
美月にとっては非日常すぎる事態に、咄嗟には何も返事ができない。
視界の端に、酔っぱらいが膝から崩れ落ちるのが見える。どさっという音の後、地面が真っ赤に染まっていく。
美月は固く目を瞑った。それからゆっくり開く。
『…誰に頼まれたの?』
イザベルの言っていた言葉が蘇る。
確か“私の父とマチルダ様に気をつけてください”だった。
『さっき詮索しない方が身の為だって言われなかった?まあでもちょっと静かになってもらおうか』
男が懐から取り出した小瓶を開ける。その中身を懐から取り出した布に染みこませた。
『な、何を!嫌っ!やめてっ』
必死に抵抗する。
そんなドラマか何かでしか見たことのない事!
『おい!暴れるな!』
『いや―――』
美月の顔を抑えようとする男に抵抗しているうちに、男の手にネックレスが引っかかった。男は構わずネックレスを引きちぎる。
―――ブツッ…
『嫌っ!ルーク―――――』
ちぎれたネックレスに気を取られた隙に、力いっぱい布が押し付けられる。
嫌だ!苦しい!やめっ……………
美月は意識を手放していった。




