はじめての外出 4
「なんだい、お嬢さん!あんたいい食べっぷりだねえ。見ていて気持ちがいいよ」
「ありがとうございます!でも女将さんの料理がとっても美味しいから、いくらでも入るんですよ」
「そうかい?嬉しいねえ。若い人にも気に入って貰えてさ。兄さん、いい娘じゃないか。大事にしなよ」
「分かってるよ。ありがとう、女将」
ルーカスは美月を見て優しく微笑んだ。テーブルにたくさん並べられた料理を、早々に脱落したアイラを除く3人でせっせと平らげていった。
「じゃあ、そろそろ行くか」
皆が立ち上がったその時、
「きゃあっ!」
アイラの小さく短い悲鳴が上がった。
「おっと、悪ぃなあ。手が滑っちまった」
「貴様、何を!」
カイトが素早く反応し、アイラとその後ろに座っていた男の間に立つ。
どうやら後ろの席に座っていた男が、アイラの腰を触ったようだ。美月も気づいて、アイラを自分の近くに引き寄せた。アイラは小さく震えていた。
「何だぁ?若造、何睨んでるんだ?手が滑ったって言っただろう、やる気か?んぁぁあ?」
男は、アイラの前に立つカイトと美月に鋭い視線を送る。
「ちょいと!揉め事は困るよ、外でやっとくれ。お客さん、あんたも今日はちょいと飲み過ぎなんじゃないかい?」
「うるせえ、ほっとけ!」
「さあさあ、兄さん達も!急いでるんだろう?ほら、早く行きな」
女将は、軽くウインクをして美月達4人を追い立てた。
「しかしっ」
「カイト様、わたくしは大丈夫です。あの、外へ…」
納得できないカイトを促したのはアイラだった。
「わかった。女将、すまない」
カイトは頭を下げ出て行く。絡んできた男は「ケッ」と吐き捨てた。
「申し訳ございません」
店の外から広場まで移動して、やっと立ち止まったルーカスに、アイラとカイトが同時に謝罪する。
ゆっくりと振り返り、ルーカスは二人に目をやった。
「アイラ、嫌な思いをさせてしまったな。申し訳ない」
「そんな、殿下のせいでは…」
「カイト、気持ちは判るがあのまま争いが始まれば、ミツキとアイラが巻き込まれる所だったぞ。それはお前が望むことか?」
「いいえ、申し訳ございません。弁明の余地もございません」
カイトは拳を握り締め、項垂れていく。アイラは両手を合わせ、心配そうに事態を見守っていた。
「まあそう落ち込むな。言っただろう?お前の気持ちは判ると」
「殿下…」
「その言葉はここでは禁句だ。カイト、側で守りたいものが出来ることは、お前にとっても良い事だ。己の成長にもつながる。ただ、大事なのはどう守るかだ。それはお前がこれから見つけていけ」
「はい。ありがとうございます」
「まあ、これは俺にも言えることだがな」
ルーカスは美月を見て笑った。
その時、女性の悲鳴と何かを叩きつけたかのような大きな音が響く。
「まさか、さっきの…」
ルーカスはカイトと目を見合わせた。
「ジェイソン!」
ルーカスが近くの護衛を呼ぶ。
「ここを頼む」
「はっ」
「ミツキ、アイラ。ここで待て」
「うん、わかった。行ってらっしゃい」
「ああ」
ルーカスは素早くミツキを引き寄せると、旋毛に口づけていく。
「行ってくる」
甘く笑ったルーカスは直ぐに口元を引き締め走っていく。カイトもそれに続いた。
「ねえ、ジェイソン」
「なんですか?ミツキ殿」
「ジェイソンって第2部隊だったんだね。訓練場でしか会わないから、分かんなかったわ」
「そうですよ、ミツキ殿。サッカーだけでなく、ちゃんと仕事もしていますから」
「ってか、またミツキ殿に戻ってるじゃない。ミツキでいいって言ったのに」
「いや、流石に殿下の前で呼び捨てにはできないでしょう」
「そんなもの?」
「そうです」
「ふーん。そうだ!ねえ、さっきから気になってるんだけど、そこのお店覗いてきていい?」
「店を覗くのはだめです。二人が離れたら守れないので」
「なるほど。じゃあ、3人で見に行こうよ」
「……」
美月の提案にジェイソンが逡巡している時だった。
「おーいっ!牛が逃げたぞーっ!みんな逃げろー!」
「え?何?牛?なんで牛?」
「家畜の牛や豚、鶏も市で売っているんですよ。まあ、でも牛ぐらいすぐに抑えて…」
ジェイソンの声に三人が振り返ると、広場に向けて逃げてくる人々の向こうに、確かに牛がいる。だが、その牛は大きく首を振り回しながら暴れ、なんとか抑えようとしている男性の持つ縄を振りほどこうとしているようだ。首を大きく振るたびに口から垂れた泡状の唾液が、周囲に飛び散っていく。
逃げ惑う人々の熱気と悲鳴に、広場は騒然となる。
「まずい、馬が興奮してきた」
広場に停めている2頭立ての馬車のうち1頭の鼻息が荒くなっている。御者はまだ気がついていないようだ。
「ミツキ殿、アイラ殿を連れて建物の影へ!私は馬車を制してきます」
「わかった。気をつけて!」
ジェイソンは駆け出していく。
その後ろ姿からすぐに視線を外し、美月はアイラの手を掴んだ。アイラを連れ建物の影へ走り、アイラを押し込む。
「きゃあぁぁぁ!誰かっ!」
突然の女性の悲鳴に振り返ると、小さな女の子が興奮した牛の進むその先で立ち尽くしていた。
美月は思わず飛び出した。
「ミツキ様!お待ちを!」
アイラの叫ぶ声は、美月には届かなかった。




