はじめての外出 2
「ねえ、ルーク、これは何?」
「それはデバイダー、石工職人の使う道具だ。寸法を測って型板から図案を写すときに使うらしい。こっちは石を削る時に使うのみとハンマー。ここは石工職人のための道具屋だな」
「あそこは?」
「あれは革製品や染めた革を売っている、革専門の店だな。革の水筒、革のコップ、革の靴にブーツ、ベルト。その隣のテントは染めた毛糸を売っている店だ」
「すごい!本当にいろんな店が出ているんだね」
興奮状態の美月の声は、壱オクターブ上がっているのではないかと思える。感嘆の声を上げ続ける美月にルーカスが笑った。
「ミツキ、さっきから『すごい』しか言ってないな」
「だって、本当にすごいもの。じゃあ、他に何て言ったらいいの?」
「んー?すごい、かな?」
「なんだ、一緒じゃない!」
膨れっ面の美月が、恨めしそうにルーカスに視線を送る。
「ははっ、悪かった。ミツキの言う通りだな。そう怒るな」
今日のルーカスは、何時もより増して優しく笑っている。―――余計なことは考えずに楽しめばいい―――出発前に言っていたあのセリフはきっとルーカス自身にも当てはまるのだろう。美月は軽く息を吐き、微笑んだ。
「…しょうがないなぁ。特別に許してあげる」
一瞬目を丸くしたルーカスは、だがすぐに、にやりと笑った。
「…それは光栄でございます」
そうしてルーカスは、恭しく美月の手を取り口づける。
「え、ちょっと、冗談だって…」
突然のことに戸惑う美月の手を取ったまま、ルーカスは自身の左手を胸に当て慇懃に礼をする。
「本日わたくしはミツキ様の下僕。なんなりとお申し付けくださいませ」
美月の顔は焦りと戸惑いと気恥ずかしさに、赤くなったり青くなったり忙しい。
「ちょっと待って、や、止めてっ!そんな心臓に悪いことしないでよ!」
ルーカスの礼を解こうと、慌ててその腕に手を伸ばす。
「ぷっ」
「ぷ?」
「ははっ、悪い、悪い」
堪らずルーカスが笑い出す。
「な、何?」
「ミツキの顔は面白いな」
「何それ。信じられない!もう、揶揄わないでよっ」
「揶揄っているのではない。ミツキの喜ぶ顔を見ていると俺も嬉しいのだ。ミツキといると、見知った場所でも違う場所のように思えてくる。不思議だな…。いや、当然か。…俺も、ミツキと一緒に心を躍らせているんだ」
「ルーク…」
「さあ、向こうにはミツキの好きな食べ物の屋台も出ているぞ、行くか?」
「勿論!」
ルークに手を引かれ歩き出す。移動する間にも立ち並ぶテントや商品が目に入る。木工品を売る店や日用雑貨の店、台所用品、珍しい植物の種や苗を売る店、刃物に農耕用の鋳物、どれも生活の匂いと活気に溢れていた。
「ミツキ…」
「え?」
「口が開きっぱなしだ」
ルークの言葉に初めて気づき、美月は慌てて口許を押さえ顔を赤くした。
「だって、余りにも世界が違いすぎて、珍しくって…」
「ミツキの国にはこういう市は無いのか?」
「あるわよ。あるけど、行ったことがない、かな。明けても暮れてもサッカーばかりしてた気がする。楽しかったけど、でも、もしかして損しているのかなぁ…」
「損はしていないさ。俺はサッカーに詳しくはないが、それでも分かる。ミツキの技術は大したものだ。努力してきた証だろう?誰にでもできることじゃない」
「ありがとう…」
褒められると少し擽ったい。
「あと、騎士団を手懐ける手腕も見事だ」
ルーカがウインクをする。
「手懐けるって…」
目を丸くする美月にルーカスが立ち止まる。
「違うのか?随分、懐いているみたいに見えたが」
美月は顔を上げ、ルーカスの瞳を見据える。それからふっと笑った。
「違うよ、…仲間だよ」
「…そうか、仲間か…。彼らは俺にとっても国にとっても、大事な者達だ。そう言ってもらえると光栄だな」
「私の方こそ、ありがとう」
二人は微笑んだ。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと!道の真ん中で突っ立てたら困るんだよ。こっちは急いでるんだよ、道を開けておくれ!」
突然の大声に振り返ると、白いリンネルで髪を覆いエプロンをつけた恰幅の良い女性が、大きな袋を抱えてこちらを見ていた。
「ご、ごめんなさいっ」
慌てる美月に反してルーカスは落ち着いたものだ。
「おい、女将、道なら空いているだろう。わざわざ突っかかって来るな」
「なーに言ってんだい。こんな往来のど真ん中でいちゃついている方が悪いんだよ。何だい兄さん、しばらく見ないと思ったら、そういう事かい?」
「今から店に行くところだ。女将は買い出しか?」
「そうだよ。今日は客が多くってね、商売繁盛さ。ありがたいねぇ」
「それは良かった。だが、そうなると時間をずらしたほうがいいかな?」
「そうだねぇ、あと半時もすればなんとかなるさ、ちょっと時間を潰してからおいで。お二人さんかい?」
「いや、そこの二人も一緒だ」
「わかったよ。じゃあ、後でおいで。変な所にしけ込んでんじゃないよー」
豪快に笑いながら女将が去ってゆく。
「何を言っているんだ、まったく」
「…そう…だね」
ほんのりと頬を染める二人は、少しの間目を合わせることが出来なかった。
「さて、それじゃあ、時間を潰しに行くか。こっちだミツキ」




