はじめての外出 1
ワインレッドのワンピースドレスに身を包み、鏡の前で最終チェックをしていると、アイラが心配そうに声をかけてくる。
「ミツキ様、あの、大丈夫でございますか?」
「え?なに?どこか変?」
「いいえ、良くお似合いですわ。私が心配しているのはお顔の色が少し優れないようなので…」
「あー、大丈夫。ちょっと睡眠不足なだけ」
「お辛いようでしたら予定を変更していただいても…」
「大丈夫だって。さっきだって訓練場を走り回ってきたんだから!」
「そうでございますか。でも、お辛いようでしたらおっしゃってくださいませ」
「ありがとう、アイラ。大丈夫、今までで辛かったのは夜会の準備の時だけだよ」
「夜会の?そんなにお辛かったのでございますか?」
「そりゃあもう!一日中自分の体が自由にならずに、なすがままになる事ほど辛いことはないわー。早朝からずっとだよ?」
「それは酷っ…、いえ、大変でございましたわね。なにせ侍女頭の気合の入りように誰も口を挟めませんでしたので」
「なるほど、そんな裏事情があったのね…」
美月は肩を竦めた。
「申し訳ございません…」
アイラは美月の髪を結いながら苦笑した。
「さあ、出来ましたわミツキ様。参りましょう」
美月の髪をハーフアップに結い上げ、アイラはニッコリと笑った。
玄関のホールに着くと2頭立ての黒塗の馬車が停まっていた。目立った装飾もない、お忍び用の馬車だという。
カイトは既に到着し、護衛につく他の騎士たちと話をしている。今日もさらさらヘアーは健在だ。いつもの騎士服ではなくシャツ、ズボンにジャケットというラフな出で立ちだが、イケメンは何を着てもイケメンだ。
「ミツキ!」
呼ばれて振り向くと、ホールの奥の階段をルーカスが降りてくるところだった。
「悪い、遅くなった」
速走で近づいてくるルーカスは、シャツとズボン姿だ。手に持っているのはきっとジャケットだろう。そうだよ、ここにもイケメンがいた。いつものことだが一瞬見とれてしまう。
「ううん、私たちも今来たところ」
「そうか、良かった」
「うん」
「…あー、いいな、そういうワンピースも似合うな」
ルーカスの頬が僅かに赤みを帯びる。
「そう?ありがとう、ルーク。いつものドレスより随分動きやすいから助かるよ。これなら走れそうだし、サッカーもできるかもね」
「…それは勘弁してくれ」
「え、だめ?」
ワンピースのウエスト部分で切り替えたスカートは、たっぷりの布を使っている。美月が動くたびにその裾はひらひらと揺れていた。その端を持ち、動きやすそうだとスカートを少し広げて確認する。
「相変わらずだな、ミツキ。少し心配していたんだが…」
「あ…、うん」
ハッとしてルーカスを見るが、すぐに目を反らせてしまった。
軽口を叩いていても、昨日のサミュエルとの話や今朝のオリヴァーから言われた言葉が、ずっと頭から離れない。ルーカスの想いと自分の気持ちが綯交ぜになって、どこまでいっても頭の中が整理できそうにない状況に、本当はルーカスと目を合わせるのも辛かった。
不意に、目を伏せる美月の頭にルーカスがポンポンと手を乗せる。
見上げると、ルーカスが優しく笑っていた。
「案ずるな、ミツキ。今日は余計なことは考えずに楽しめばいい」
「……うん」
美月は自分の肩の力が抜けるのを感じる。
「そうだね、ありがとうルーク」
やっとルーカスと目を合わせて、笑顔を返した。
それからの美月は、興奮状態が続いていた。
なにせ、馬車に乗るのも初めてなら、城から出るのも初めてだ。
城の周囲に広がる豊かな自然。北の山から続く川は豊かな水をたたえ、川面は日差しを反射して煌めいている。周辺の草原を渡る風が黄金色に色付く葉を揺らしていく。
「やっぱり素敵なところだね。ハーヴェロードは」
美月は瞳を輝かせ、車窓の外の風景に釘付けになる。
「ミツキのその顔が見たかった。城を出た甲斐があったな」
ルーカスが、嬉しそうに笑う。
「ありがとう…ルーク」
同席しているアイラとカイトも、目を合わせ互いに安堵した。
いつの間にか城下の街並みが近づいていた。建ち並ぶタウンハウスの通りを抜けると、街を行き交う人の姿が増えていく。
「今日はこの先に市が出ている。人通りも多いからウロウロしていたら迷子になるぞ?」
「え、市があるの?」
美月は一際瞳を輝かせた。
やがて、馬車が停ると、カイトにエスコートされアイラが下車する。
「カイト、少し待て」
そう言うなりルーカスは馬車の中で美月を引き寄せた。
「え、ちょっと、ルーク?」
「すまぬ、ミツキ。少しこのままで…」
ルーカスは美月の背中に手を回し抱きしめた。
「…うん」
ルーカスに体を預けると、一層強く抱きしめられた。美月もルーカスの背中に両手を沿わせる。
「ミツキ…」
呼ばれて見上げると、ルーカスのエメラルドグリーンの瞳が潤んでいた。
「ルーク…」
二人はそっと唇を重ねた。




