表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/129

三日月の夜に 1

「ミツキ、何を見ている?」


「えっ!…ああ、ルーク」

 突然かかった声に驚いて腰が跳ね上がった。

 翡翠の間に戻った美月は、借りてきた本を開いているところだった。


「びっくりした。脅かさないで」

 美月はドキドキと高鳴る胸に手を当て、覗き込んでくるルーカスを見上げた。


「何だ?ちゃんと声をかけたぞ。ミツキが気づかないからここに来たというのに」

「そう、なの?…ごめん」

 見上げた先にあるルーカスの顔が、ぐいっと近づいてくる。


「熱心に何を見ているのだ?」

 美月は翡翠の間に戻り、借りてきた本を開いていた。その本を覗いているだけだと分かっているが、ルーカスのその近い距離に、必要以上に意識して胸がざわめく。


「見ていたというか、ちょっと考え事をしていて…」

 いや、ちょっとルーク。顔、近いって!


「考え事?…何だ、ハーヴェロードの地図じゃないか」

 思いがけないものを見つけて、ルーカスは破顔する。

 息がかかりそうなほど近い距離。その距離で、嬉しそうなルーカスの笑顔は破壊力抜群だった。


 うわっ…。


 その笑顔に、息をするのも忘れてしまうくらいに見入ってしまった。

 ルーカスが地図を指しながら説明してくれるが、一向に頭に入らない。それよりも、その揺れるエメラルドの目許に、すっと通った鼻筋に、頬に、口許に意識を持って行かれてしまう。


 顔が熱い。

 体中の熱が集まったかのように。


 相槌も打たない美月に、ルーカスは話を止めた。地図から目線を移し目があった美月は、頬をほんのり染めていた。だが、直ぐにその頬は赤みを増し、あっという間に真っ赤に染まった。


「どうした?ミツキ。…ミツキ?」

 心配そうに覗き込むルーカスの顔が、ますます近づいてくる。

「へっ?あっ、いや、ごめん。ちょっとボーッとしてただけだか、ら…」

 あなたに見とれていましたとは言えない美月に、ルーカスの手が伸びてくる。

「ミツキ、顔が赤い。熱があるのでは?」

 そっと頬に添えられた手は、少し冷たくて、火照った頬を冷ましてくれた。

 美月は無意識に頬をすり寄せた。

「冷たい。気持ち良い…」

「ミツキ!それ、は…」

 今度はルーカスの方が頬を染めることになってしまった。触れた先から感じる美月のしっとり柔らかい頬の感触に、右手に全神経が集中しているかのようだ。


「あっ、ご、ごめん!」

 ルーカスの狼狽ぶりに、美月が慌てた。

「い、いや。すまぬ」

 謝りつつも、ルーカスの手は美月の頬から離れていくことはなかった。

 久しぶりに触れる頬の感触に、その右手は吸い付けられたかのようだった。


「ふふっ、可笑しいね、二人して謝って」

「あ、ああ。ミツキ、熱ではないのか?」

 心配そうに覗き込むルーカスに、美月は笑って答える。

「大丈夫だよ」

 頬に添えられた手に、美月は左手をそっと重ねた。


「ミツキ…。そうやって触れられると、勘違いしそうになる」

 少し眉根を寄せて目を細めるルーカスの言葉に戸惑った。

「勘違い?」

「そうだ。…ミツキの心が俺にあるのかと勘違いしそうだ」

「ルーク…。私の方こそ、ずっと勘違いしそうで困ってる」


「ずっと?何に?」

 ルーカスは目を瞬かせる。


「この関係が、偽りではない…と」

 逡巡しつつ、美月がその想いを伝えた。


 美月の言葉にルーカスが息を呑む。


 驚きを隠せないルーカスと頬を赤らめたままの美月が、しばらく見つめ合ったまま時間が過ぎていった。

 やがて、いたたまれなくなった美月が目を伏せた。


「ミツキ…、顔を上げてくれ。ミツキの顔が見たい」


 美月は、ルーカスの声にそうっと顔を上げた。

 目の前のルーカスは、優しく微笑んでいる。

「ルーク、あの…」

 口を開いたものの、何を話したらいいのかわからない。


 ルーカスは優しく囁いた。


「ミツキ、…好きだ。俺は、ミツキが好きだ」


 エメラルドの瞳は、美月から目を離すことなく告げる。

 頬に触れるルーカスの右手に、僅かに力が入る。


 美月も重ねた手でルーカスの手を握った。ルーカスの言葉に、美月の胸が高鳴った。


「ルーク、私も。…ルークが好き」

 美月は潤んだ瞳でルーカスを見つめた。見つめ返すルーカスの瞳も潤んでいる。

 今まで堪えていたものが溢れそうで、美月は唇を噛みしめた。


「ミツキ…、噛むな」

 ルーカスは親指で美月の唇をそっとなぞった。

 その感覚に胸のざわめきを覚え、美月は眉根を寄せて堪えた。互いに潤んだ瞳で見つめ合う。


「ミツキ…。キス、していいか?」

 優しく、けれどまっすぐ見つめてくるルーカスの瞳に、吸い込まれそうだった。

 僅かに頷く美月の頬を、ルーカスはそっと両手で包み込んだ。


 やさしく推し当てられた唇。

 その温かさと柔らかさに、これまで美月の堪えていた想いが泪となり溢れ出る。


 その泪の雫を、ルーカスが優しくキスで吸い取った。頬に落とされたその口づけも甘く、美月は夢の中にいるようだった。頬から唇に戻ってきたルーカスの口づけは、美月の口許を優しく喰んでいく。やがて深くなっていく口づけに、美月は体の力が抜けていくのを感じていった。


「おっと、すまない」

 くたりと力なく椅子に座る美月を、ルーカスは起こした自分の体に凭れさせた。そのまま時が過ぎていく。美月はこの時が終わらないようにと思いながら、ルーカスの上衣の裾をそっと握り締めた。



 ルーカスが翡翠の間に来たのは、王家との晩餐の案内であった。私的なものなのでと前回のようにドレスを改める事もないと、ルーカスにそのまま王家の食堂まで連れてこられてしまった。

 躊躇う美月を、王と王妃もにこやかに迎え入れてくれた。特に王は、ふたりの醸し出す雰囲気の変化に目を細めていた。


 食事が終わると、シッティングルームでお茶を楽しみながら、美月はサッカー談義に花を咲かせていた。少し離れて王と話をしていたルーカスが、美月の話がひと段落着いたところで歩み寄る。


「ミツキ、少しいいか?」

「はい…?」

 ルーカスは、王妃と王女に囲まれるように座っていた美月に手を差し伸べる。


「月が綺麗だ。少し歩こう」

 優しく微笑むルーカスに、もう頷くしかない。


「雨、上がったんだね」

 中庭に降り立って見上げた空には、三日月が輝いていた。

「本当だ、三日月が綺麗だね」

 泥濘んだ道に落ちないように、石畳の上を歩く。ルーカスのエスコートがなければ落ちそうだ。少し広まったところに来ると、ルーカスは美月の両手を引き寄せ、抱きしめた。


「ル、ルーク?」

「ミツキ。少しこのままで…」

「…うん」

 抱き合ったふたりのシルエットは、しばらく重なったまま動かなかった。

 やがて美月が伏せていた顔をゆっくりと上げる。ルーカスが顔を近づけ、そのままふたりは口づけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ