三日月の夜に 2
口づけを交わしたふたりは、再び抱き合った。
「ミツキ、明日の夜会だが…」
「うん?」
美月が顔を上げると、ルーカスが微笑む。
美月を抱きしめていた腕を解き、その手を取り指先に口づけた。
「俺は、ミツキとの婚約を偽りだとは思っていない」
ルーカスは熱を孕んだ瞳で、ミツキを見つめた。
「どういう事?」
ルーカスの言葉の意味がわからない美月は、目を瞬かせた。
「ミツキがここに来てから、もうすぐ半月になるな」
じっと見つめるルーカスの眼差しに、美月は自分の頬が熱を帯びてくるのを感じる。
「う、うん。そう、だね」
ルーカスの事を意識してからというもの、些細なことに過敏に反応してしまう自分の鼓動に、戸惑いを覚えていた。
「まあ、殴られたのは衝撃だったな」
笑顔が強張る美月を見て、ルーカスがにやりと笑う。
「ちょっと、やだ、思い出さないで!」
恥ずかしさから顔を赤らめる美月。
「ミツキは…、何を考えているんだかコロコロと表情がよく変わって、見ていてハラハラしたな」
「うそっ、そんなに顔に出てる?」
ふっと笑うルーカスに、美月は目を丸くして慌てた。
「何だ、自覚がなかったのか?」
「うーん、何か納得がいかない」
「何故だ?」
不満げな美月の表情も愛しいというように、ルーカスは微笑む。
「だって…、相手に表情読まれたらボールを奪われちゃうじゃない!ポーカーフェイスで通してきたんだけどなあ」
美月はぷうっと頬膨らませた。
「ポーカーフェイスって、その顔でか?」
たまらずルーカスが吹き出した。
「えっ、あっ…」
赤面しながら口をパクパクする美月に、ルーカスはその後の笑いを必死に堪えた。
「もう、いいよ…」
目を細めて明らかに不機嫌な美月に、ルーカスは堪えきれず笑い出した。
「いや、すまぬ。そう怒るな、ミツキ。多分、サッカーではポーカーフェイスなんだろうな」
「多分?」
美月の眉根が寄る。
「多分だ。俺はミツキがサッカーをしているところを見たことがないからな」
「そういえばそうだ。ルークもサッカーをすればいいのに」
「サッカーを…。って、いや、そうではなくて、だな…」
ルーカスはクスッと笑い、美月の髪を撫でた。
「俺は、ミツキが来てから振り回されっぱなしだ」
「…ごめん」
美月は肩を竦める。
「いや、責めている訳ではないのだ、謝らなくていい。こうしていると、ミツキがサッカーだのトレーニングだの騒いでいたのが、昨日のことのようだな。あの時、ミツキはあっという間に騎士団や女官と、城の人々を取り込んでしまった。今では、王城の者たちを惹きつけて止まない存在になってしまっている」
美月を見つめるその瞳は、さらに熱を帯びていく。
「皆を巻き込んで事を成していく、ミツキ、これはお前の持つひとつの才能だ。そして、そのミツキに一番に惹きつけられているのは、他ならぬこの俺だ」
ルーカスは憂いも纏い、優しく笑った。
「…ルーク」
ルーカスのいつもとは違う優艶な微笑みに、美月は息を呑む。
「ミツキ…」
ルーカスは、撫でていた美月の髪を掬い、口づけた。
「俺は、王太子としてあるべき姿を常に意識してきた。まあ、昔はいろいろあったが、今はそれに向けて学び努力してきたと自負もある」
ゴクリと生唾を飲む。王太子としてのルーカスの苦労は、美月の想像を超えているだろうから。
「それが、ミツキを前にすると、ひとりの男として狼狽える自分がいた。どうしたものか、自分の感情がコントロールできない事に、初めて恐さと戸惑いを感じた。…だが、同時にミツキのことをこんなに深く想っているのだと、思い知らされた」
美月を見てにっこりと微笑むと、ルーカスは跪いた。
「ル、ルーク!何をっ」
ルーカスは胸に手を当て、よく響く低い声で静かに美月に伝えた。
「ひとりの男として、そして王太子として告げたい」
ルーカスは伏せていた顔を、静かに上げた。
「俺はミツキが好きだ。ミツキの事を愛している。ミツキと居る事で知る自分も、見える景色も俺にとってはかけがえのないものだ。これからもミツキと同じ景色を見て、感動を分かち合いたい。そして、この国の未来を一緒に造り上げていきたい。俺は、この先もミツキとともに有りたいと願っている。」
「ルーク…」
「今すぐにとは言わない。だが、考えてくれないか?俺と共に、俺の隣で生きていくことを」
「ルーク、それって…」
「偽りではない、まごうことなき存在として。ミツキを俺の妃として迎えたい」
美月はルーカスから告げられた想いに胸が熱くなる。
ルーカスと一緒にいたい、このまま時間が止まってしまえばいいと何度思ったことだろう。茜色に染まるあの夕焼けを、これからも一緒に見ていきたい、同じ時を過ごしたいと願わないはずはなかった。
だが、ルーカスの隣で生きていくということは…。
その言葉の意味する現実に、胸を締め付けられた。
嬉しさと躊躇いが綯交ぜになった美月の心を現すように、その瞳も揺れていた。
その躊躇いを包み込むように、立ち上がったルーカスはそっと美月を抱き寄せた。




