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冷雨 3

「ご機嫌ですね、サミュエル殿下」

 淡々とジュールが声をかける。


「だって、可笑しいと思わない?ジュール。あれだけ恩着せがましく話を持ってきておいて、その実あんまり考えてなくってさあ。あれで、議会で要職に就いているんだよ?平和だよねぇ、ハーヴェロードは」

 ククっと笑いを零しながら話すサミュエルに、ジュールは嘆息する。


「殿下、あまりミツキ様にご迷惑をかけるようなことはなさらない方が賢明ですよ」

「ジュール。誤解を招くような言い方はよしておくれ。僕は何もしてないし、何もしないよ?ミツキを国に帰すのだって、既にミツキと約束していることじゃあないか」

 ふふっと優美に微笑むサミュエル王子に、ジュールは眉根を寄せ、目を細めた。


「ジュール。今、僕に何か良からぬ事を思っただろう?」

「いいえ、良からぬ事など思っておりません。“煽ったくせに”という至極常識的な事を思っただけでございます」

「ジュール!」

 先程細めた目許も既に元に戻し相変わらず淡々と話すジュールを、サミュエルは恨めしそうに見据えた。


「さあ、着きましたよ、殿下」

 しかし、ジュールのほうは一向に構うことなく立ち上がり、さっさと馬車を降りていった。

「ホント、気が利かないったらないよね」

 そう言いつつも、“何時もの事だ”とサミュエル自身も直ぐに立ち上がった。




 予てから気になっていた本を読もうと、美月は1冊の本を手にしていた。

 翡翠の間の寝室、美月が現在愛用しているライティングビューロー。その両サイドに造られている本棚に収納されていた本は、恋愛モノをはじめとしたこの世界のフィクションものだった。

 パラパラとめくり読んでいたが、やがて美月の顔が赤らんできて、キョロキョロと落ち着かなくなってきた。


「ミツキ様?」

 アイラが異変に気づき声をかけると、美月は慌てて本を閉じた。が、あまりに慌ててしまい、どさりと本を落としてしまった。

「どうかなさいましたか?」

 アイラが本を拾い上げると、美月の顔はますます赤くなっていった。


「いや、その、もう少し、…軽い内容の本がないかなぁっと思って」


 アイラが拾い上げた本は、王子と令嬢の恋物語であった。書かれている文字を目で追うと、男女の睦言が赤裸々に書かれており、アイラも顔を赤らめてしまった。


「そう、で、…ございますわね。…ミツキ様、図書室へ参りましょう。きっとミツキ様のお好みの本が見つかる筈ですわ」

 アイラは動揺を隠しつつ、美月に伝えた。

 実を言うと、その本を用意したのはレナードである。美月とルーカスの仲を取り持つ刺激になればと、レナードからアイラにビューローに入れておくように渡されたものだった。だが、アイラも内容までは確認していなかったので狼狽えた。しかし、そこは侍女としてのプライドを前面に押し出すことで、なんとか堪えた。


「アイラ?大丈夫?何か疲れているというか、やつれているというか…」

「だ、大丈夫ですわ。ミツキ様!さあ参りましょう」

「う、うん。大丈夫ならいいんだけどさ」

 アイラの微笑みに、美月も笑って答えた。



 玄関のホールまで来ると、何やら話し声が聞こえる。

 ふと目をやる。長い紺色の巻き毛を束ねた青年の後ろ姿を、遠目に確認した。


 ――サミュエル王子!

 いや、見なかったことにしよう!


 と、美月は足早に通り過ぎる決断をした。

 しかし、

「ミツキ!」

 見つかった。


「まあ、サミュエル王子、ごきげんよう」

 眦を下げ口角を上げただけの笑顔で挨拶をする。


「ひどいなぁ、ミツキ。今、僕を無視して通り過ぎようとしたよね?」

「まあ、そんな事…。それでは急いでおりますので失礼いたします」


 そのまま進もうとした美月の前に、サミュエルが割って入ってくる。

 思いがけない行動とその素早さに、美月は刹那、後ろに飛び退いた。つもりだったが、ドレスを着ていたことを失念していた。


「きゃあ、ミツキ様!」

 ドレスの裾が絡まり、転がりそうになった美月の背中をサミュエルが支えたのは、アイラの悲鳴と同時であった。


「ありがとう…、ございます。殿下…」

「慌てるからだよ、ミツキ…」

 サミュエルは美月の背中を支えたまま、空いた左手で美月の顎をクイッと持ち上げた。誰のせいだとツッコミを入れる間も無い。美月は、顔を近づけてくるサミュエルと自分の顔の間に両手を滑り込ませ、広げてガードをした。


「お、王子?何をやっているんですかっ!」

 顔を背けながら怒る美月に、サミュエルは悪びれる様子もなく笑った。

「つれないなあミツキ。ちょっと挨拶しようとしただけじゃないか」

「私の国ではそんな挨拶はありませんのでご遠慮願います!」

「ミツキ…、君は変わっているね。こうして僕が微笑んだら、レディ達は皆喜んでしなだれかかってくるんだけど」

「そういう女性が嫌だって言ってたじゃないですかっ」

「んー?」

 相変わらず近すぎる距離のまま、サミュエルは考え込んでいる。


「王子、サミュエル王子、離してください」

「ミツキ…、僕が言っていたのは、“美しいだけの女性と一緒にいても楽しくない”だよ。こうして触れ合うことは嫌いじゃないんだ。しかも、僕の腕の中にいるのはミツキだ。なら、もう何も言うことはないさ。さあ、いい子だからその手をどけて、僕の愛を受け入れておくれ。僕たちを隔てるものは、何であろうと許せない。この可愛い手も、そのドレスも…、今すぐ剥ぎ取ってしまいたいくらいなのに」


「な、何を言っているんですか!やめてください!」

 美月は、サミュエルの言葉に青くなったり赤くなったりしながら体をよじらせ、なんとか抜け出そうと試みる。


「ミツキ、恥ずかしがらなくていいんだよ。大人しくしてくれないか、愛が憎しみに変わる前に」


 いや、何を言ってるの?気持ち悪いし恐いんだけど!

 美月は、ここで王子を蹴り上げたら捕まるんだろうかと逡巡した。


「殿下、お戯れはお控えください。ミツキ様にあまりご迷惑をかけてはいけませんよ。殿下も早く濡れた衣装をお召し替えなさって、体を温めてください。風邪をひきますよ」


 見かねたジュールがサミュエルを制する。


「相変わらず気が利かないよね。せめてミツキと一緒に体を温める場所を用意するとか、気の利いたことはできないのかねえ?」


 ジュールの言葉に安堵していた美月は、不穏なサミュエルの言葉に再び全身を緊張させた。


「昼間っから何を言っているんですか」

「夜ならいいのかい?」

 嘆息しつつサミュエルを制するジュールに対し、サミュエルも絡む。


 いやいやいや、無い無い無い!さっきから何を言っているの、この王子!


「…殿下。ここで何をどうしようというのですか?状況はお分かりでしょう?あまり調子に乗っていると国に帰れなくなりますよ?」

「分かっているから苛々するんだけど。…まあ、でもわかったよ。今は大人しくするさ」


 ジュールの言葉に、サミュエルは今度こそ美月から手を離していった。

「じゃあミツキ、またね」


 去っていくときはあっさりとしたものだ。

 美月は緊張を解き、大きく息を吐いた。


「大丈夫でございますか?ミツキ様」

 隣でハラハラしつつ控えていたアイラが、美月を気遣った。


「大丈夫じゃないけど大丈夫!…さあ、行こうか」

 一気に押し寄せる疲労感に苛まれながらも、美月は図書室へと向かった。


誤字報告ありがとうございました。

適応、もしくは私なりに検討して対応させていただきました。


拙い文章ですが、今後とも気長にお付き合いいただければ幸いです。

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