冷雨 2
跪いた男たちの慇懃な挨拶のあと、告げられた言葉に、サミュエルは柳眉を上げた。
「気に入らないね」
「えっ?」
エクセター侯爵は、思いがけない言葉に、思わず聞き返してしまった。
隣のブラウン伯爵もまた、思わず顔を上げてしまった。
なぜなら、まだ話の本題にも入っていない、TVでいえばタイトルコールをしただけの段階だったからである。
思わず顔を見合わせるエクセター侯爵とブラウン伯爵に、ジュールが口を開いた。
「あなた方は間違っている。ミツキ様は本来、このサミュエル王子殿下の許に、招かれる予定だったお方です。何の因果か、間違ってこちらの国に来てしまったところ、あなた方の王太子殿下が横から手を出したというのが正解です。故に、先ほどの“ルーカス王太子殿下の婚約者”という言葉は不適切であり、不愉快極まりない―――と、いうのがサミュエル王太子殿下のご意見でございます」
どうやら、ルーカス王太子殿下の婚約者の件で、と話し始めたことがまずかったという事だ。
「っ、失礼いたしました。申し訳ございません。サミュエル王子殿下」
エクセター侯爵とブラウン伯爵は顔を伏せたまま、横目でちらりと目配せした。
「恐れながら…、殿下、私たちもそのサミュエル王子殿下のご事情を小耳に挟み…、わたくし共に何かお手伝いできることはないかと、こうして殿下に御足労頂いた次第でございます」
ブラウン伯爵の声は喜色に満ちていた。
「へえ…、何を手伝ってくれるのかな?」
揶揄っているようにも取れるサミュエルの声にも怯む事なくブラウン伯爵が口を開いた。
「ミツキ様をエアージョン帝国にお迎えするお手伝いです」
特に顔色を変えるでなく、サミュエルはブラウン伯爵を見据える。
「ふーん、どうするつもりだい?恐ーい王太子と護衛がいるけど」
「ミツキ様が城の外へ出さえすれば、手立てはいくらでも…」
ブラウン伯爵は瞳に力を込め、口の両端を上げた。
「随分な自信だねえ…。君たちのやろうとしている事は、王家に対する反逆に当たると思うけれど…、クッククッ…ああ、もしかして、謀反でも起こすのかい?」
エクセター侯爵が慌てて口を挟んだ。
「滅相もございません!私たちは王家に忠誠を誓っております。此度の決断は、陛下や殿下に目を覚まして頂きたいがゆえの所業にございます。そもそも初めから、出自の分からない娘を王族のそばに置くことなど、反対だったのです!決して謀反などでは…」
勢いよく話して、サミュエルの怪訝な顔付きに気づく。
「ああ、いえ!失礼いたしました。初めこそ判らなかっただけで、今はサミュエル王子殿下の大切な方だと承知いたしております!」
取って付けたかのようなエクセター侯爵の弁明に、怪訝な表情を解くことはせず、サミュエルが冷ややかに告げた。
「君たちがどう思っていようが、やっていることは反逆罪に当たるよ。僕が言わなくても十分判っているんだろうけど」
「それはっ…」
エクセター侯爵は言葉を詰まらせた。
構わずサミュエルが続ける。
「そうまでするメリットは?」
「……っ!」
「ここまで話を聞かせておいて、まさか、無いなんて言わせないよ?」
突如として凄みを効かせたサミュエルの声に、二人は狼狽えた。
「それは、その、…ルーカス王太子殿下には、この国内の然るべき身分の然るべき令嬢をお迎え頂きたく…」
ブラウン伯爵の言葉をサミュエルが遮る。
「ああ、わかったよ。つまり、僕たちは利害が一致していると?」
「そのとおりでございます!殿下!」
再び力強く湧き上がるブラウン伯爵の声に即座にサミュエルの声がかさなった。
「君たちは馬鹿か?」
呆気にとられる二人に、サミュエルが続ける。
「今、我がエアージョン帝国とハーヴェロード王国は和平条約を締結している。戦のもとになった鉱山の権利も共有し、貿易も盛んに行っている。技術や文化に至っても、交換留学という形で、互いに受け入れ協力している。その相手国の王太子の婚約者と主張する女性を僕が奪い、連れ去るということがどういうことになるか分かるよね?…、もしかして、もう一度、戦をしたいのかい?」
「め、滅相もございません!」
慌てて俯く二人の青ざめた表情を見て、サミュエルはにやりと笑った。
「そういうことで、僕は、今回のこの件には手は出さない。そちらで勝手にすることだね。ただし…」
サミュエルの表情が瞬時に険しく変わる。
シュっと金属のすれる音が微かにしたとに気づくと同時に、二人は固まった。
風が吹き抜けたがごとく流れる様な所作で、立ち上がると同時に剣を抜いたサミュエルが、その鋒を二人に向けたからだ。
「もし、ミツキに傷の一つでも負わせたら、たたっ斬るからね。…心得るように」
「も、も、もちろんでございます。サミュエル王子殿下」
距離を詰めるために踏み出していた足を、ローテーブルから下ろすと、二人に向けていた剣を引き、鞘に収めた。
「では、君たちの計画が成就することを祈るよ。ああ、そうだね。もし、君たちが計画を仕損じた場合は、ミツキは彼女の母国に帰そう。これは僕に権限があるからね。そうしたら、もう二度と、ハーヴェロードに来ることはないだろうから、君たちは心置きなくご息女を王太子に嫁がせるといいよ」
“―――生きていればね”
そう心の中でつぶやきサミュエルはにっこりと微笑んだ。
「殿下!」
感激と安堵の色を隠さない二人の顔を見比べるようにして、サミュエルは再び微笑んだ。
「計画不履行の場合は、どうしようかな?」
「っ!!」
再び二人に緊張が走る。
「侯爵、貴方の弟君は息災かな?」
「弟…、フレディでございますか?」
突然出された弟の存在に逡巡しながら侯爵が答える。
「そう。僕は今、マシリア共和国の宝石に興味があってね。あそこは随分良い宝石が取れるらしいね。ついでに、国内情勢もね、あまり情報が回ってこなくて憂慮していたんだ。丁度良かったよ。弟君はマシリア共和国に支店も構えるだけには信頼も厚いいみたいだし?」
サミュエルは、不敵な笑みを浮かべた。
「よ、く、ご存知で…」
「そういえば、伯爵の御子息もそこで働いているのだったね。良いよねえ、志を同じくする仲間が近くにいるというのは」
「……」
エクセター侯爵とブラウン伯爵は、ついに言葉を失った。
「本当、幸せな国だよ。ハーヴェロードは」
サミュエルは、小さく独りごちる。
「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ」
サミュエルは踵を返し、部屋を出ていった。
残されたエクセター侯爵とブラウン伯爵は、しばらくその場から動かなかった。




