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帰路 3

 ルーカスの執務室に無言の時間が過ぎていく。



 ―――生涯の伴侶として、ミツキ以外には考えられない。それが叶わないのであれば、王族でなくなっても構わない―――


 昨夜ミツキに伝えた思いを、―――王太子を譲る覚悟が有ることを―――レオにはまだ伝えていない。

 ミツキには馬鹿だと言われ否定された。だが、この思いが変わることはない。

 それなのにほかの男と結ばれる未来を示唆したミツキの言葉に、胸を引き裂かれたかと思った。しかし、重ねた唇からは、言葉と裏腹なミツキの想いが溢れ、流れ込んでくるようだった。

 正直、どう動けばいいのか分からない。ミツキを諦めないと言った言葉に偽りはない。ただ、本当にこの先どうするべきなのか、俺は完全に見失ってしまっている。今日も、朝早くから執務についているわけではない。昨夜ミツキと別れの挨拶をしてからずっと、眠れていないのだ。ミツキとの口づけを、肌の感触を思い出してどうしようもなく、別れの時刻が迫ることに神経がむき出しになっているかのようだ。易刺激的な気を紛らわすために書類に目を通す。そうして一晩中起きているのだ。


 そんな俺に、ミツキが消えるところを見にいけという。

 レオ、おまえも大概だな。



 張り詰めたまま無言の俺とレオの、…まるで睨み合いが続いた。


 それを打ち破ったのはレオの方だった。


「では、あなたはミツキを諦めるという事ですね?」

 なんだ?何を言っている?

 どうしてそうなるのだ?

 ミツキがこの世界に来た時からそうだった。こいつはやたらとミツキのことになると、絡んでくるし俺を煽る。


「そんなことは言ってないだろう?」

 そんなつもりは毛頭ない。ただ―――

「ならば、いつまで拗ねているおつもりですか?」

「拗ねるだと?」

 思いがけない言葉に、俺は眉根を寄せる。

 何だ、その扱いは。


「そうです。自分の取るべき行動がわからず迷うまま引き籠っているという事は、拗ねているという事でしょう?」

「引きこもっ……」

「今、調査に当たらせていることがたとえ確かな形になっていなくても、最後まで諦めない姿勢を示さなくてどうするのです?」

「……っ」

 開いた口が塞がらなくなりそうな俺に、レオが追い打ちをかける。


「異世界へ戻る、愛する人の見送りが…、最後に見る顔があの王子で宜しいと?」

 レオの言葉に、思わず立ち上がる。椅子が大きな音を立てて倒れた。


 良い訳がない!


 俺の足が駆け出す。目指す先は、―――決まっている。






「ではミツキ様、どうぞこちらへ」

 そう示された場所には、いつの間にか魔法陣のような文様が描かれていた。ってか、これが魔法陣か?

 ここに来て急に異世界の魔法を堪能している気がする。…いや、ルークもよく魔法を使っていたけど、こんな仰々しいものではなかったし、提唱とかいうこともしてなかったし―――。

 これで、間違いなく元の世界に戻るのよね?

 これでお別れなのよね?


 ―――もし、失敗したら?


 考えないようにしていたことが、頭に浮かぶ。


「あの、ミツキ様?よろしいでしょうか?」

 口元に手をやり考え込んでいた私に、遠慮がちにメイソンさんが声をかけてきた。


 もう、今更だ。覚悟は決めたはず。


 元の世界に戻る、その願いは変わらない。


 私は深呼吸をしてメイソンさんを見た。その瞳にもこれから行う術への覚悟が見える。静かで強い意志。


「いいわよ。お願いします」


 メイソンさんは頷き、両手を広げた。


「魔導師メイソンの名において、大地と森の精霊に……」


 メイソンさんが提唱を始めるとその手に光が宿り、その両手の間に現れた光の塊が輝きを放ち始めた。やがて私の上から、キラキラと煌く無数の、光の結晶のようなものが降り注いできた。その光は、足元から徐々に私を包んでいく。


 どくんどくんと高鳴る胸の鼓動が頭の中まで響いてくる。

 誰も身動き一つしていない。

 張り詰めた空気の中、私は目を閉じた。


 光に包まれた足の感覚がなくなっていくのが分かる。

 やっぱり不安だ。

 それでも自分の体に起こる変化を必死で受け止める。


 不安な気持ちを打ち消すように、閉じた瞼の裏に浮かんできたのは、初めて会った時のルークの笑顔。

 寝ぼけて殴った時の怒った顔、呆れてため息をつく顔、私をからかう意地悪な瞳、触れる指先、囁く吐息。

 好きだと告げる真っ直ぐな瞳、熱い抱擁、愛しく狂おしいほどの口づけ―――。

 もうほとんど感覚がなくなった身体が、少しだけ熱を帯びた気がする。

 このままルークの思い出とともに、去っていこう。


 ―――さようならルーク。



 その時激しくドアが開かれた。


 ギョッとして目を開け、その方向を見ると―――、

「ルーク…」

 私の大好きな人の姿があった。思わず顔が綻ぶ。

 光に包まれた私の姿を見て、呼吸の整わないルークが目を見開いた。


「ミツキ!―――行くな、ミツキ!!」

 最後の言葉は、何処か遠くに聞こえた。ああ、最後に一目見られて良かった。


 私の意識はそこで途切れた。





 部屋中に放たれた光が収まっても、呆然と立ち尽くしていた。

 ミツキの姿はどこにも見当たらない。



「ねえ、遅いよ。…というか、危ないよ、ルーカス殿」

 サミュエルの言葉に、動揺を隠せないまま顔を向ける。


「危な、い……?」

 どういう事だ?

 考えようにも頭の中が整理できない。


「忘れたの?ミツキがどうして此処に落ちたのか」

 怪訝な顔を向けるサミュエルの言葉は、相変わらず頭の中に入ってこない。


「メイソンが途中でくしゃみをして術が切れたって言ったよね、僕」

 立てた人差し指を頬にあて、片眉を上げて首をかしげるサミュエルが、一向に反応しない俺に続ける。


「君がドタドタとあんな途中で入ってきて邪魔をして…。ミツキが元の世界に戻れなくてどこかに飛ばされたらどうするのさ?」

 まだわからないのかとでも言いたげな、表情で告げるサミュエルの言葉に、俺の意識がやっと反応した。


「ミ…、ミツキは?!」

 俺は焦りと喉の渇きで、上手く声が出せなかった。


「そこを見てごらんよ」

 そう指し示された先にある水晶の中に、誰かと喋るミツキの姿があった。


 知らない風景の中で、ここに来た時身につけていた「制服」を着て、見知らぬ男としゃべっているミツキの姿が映し出されている。


 ―――誰だ?


 俺の疑問の瞬間、水晶の映像が途切れた。

 同時に重いものが落ちる音。―――メイソンが力尽きたのかその場で倒れていた。


「限界が来たようだね。さて、不測の事態はあったけど、ミツキも無事に帰ったようだし…。それじゃあ、僕たちは失礼するよ。メイソンが動けるようになり次第、出立するからね。―――王妃様、長らくお世話になりました」

 やけにあっさりサミュエルは俺に語りかける。あれほどミツキに執着していたのに。本当に、ミツキの願いを叶えるだけで満足だったのか?


 王妃に挨拶したサミュエルは応接室を退室すべく向きを変え、立ち止まる。

「ああ、そうそう。さっき映っていた男は誰だと思う?」

 そう言いながら振り返り、艶然と微笑んだ。


「あれがミツキの想い人だよ」

 立ち尽くす俺を見つめ、サミュエルはいっそう華やかに微笑んだ。


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