帰路 2
「ミツキが心配していた事については、僕の方で出来る事がないからね~。だから…メイソン、説明できるよね?」
綺麗に伸ばした人差し指を顎に当てながら、ん―――と考えるサミュエル王子の仕草が、微笑みが、いちいち艶めいている。
「ミツキ様の言う保証というものに当てはまるかはわかりませんが…これを―――」
そう言ってメイソンさんは、水晶玉を取り出した。
きらりと光を放つその水晶玉は、美月の手にしているサッカーボールほどの大きさがある。メイソンさんはその水晶玉をそっと机の上に置いた。
「え?あれ?メイソンさん、今どこから出したの?」
さっきまで何もなかった両手に突如現れた水晶玉。私は目を瞬かせる。
「どこからとお尋ねいただいても、別の場所に置いている物を出してきただけなので…なんと申しましょうか…」
メイソンさんが、どう説明しようかと考えあぐねている。
「もしかして、アイテムボックスとか?」
私の期待度が一気に高まる。
「―――ご存知でしたか」
メイソンさんの驚き、そして緩む表情に私も思わず笑顔になる。
「凄い!本当に?」
なんだか興奮してきた。本当にそんな物があるんだとなんだかワクワクする。
「―――あの~、それで…説明させていただいてもよろしいでしょうか?」
「へ?」
…説明?
何を?
メイソンさんの言葉に、一瞬頭が真っ白になった。
「あの~、ミツキ様?元に戻れる保証ということですが…」
「え?あ…、ああ、そうですね。―――そうか、今から帰るんだった…」
アイテムボックスに興奮しすぎて、忘れるところだった。
「何だいミツキ、そんなにアイテムボックスが気になるのかい?キラキラした笑顔が一気に沈んだんだけど」
可笑しすぎるとサミュエル王子がクスクス笑う。
「そりゃあ気になるでしょう。向こうには無いものだし。―――ああぁ~、メイソンさん、私、あなたともっと話がしたかったわぁ~」
「―――こ、光栄です」
がっくりと項垂れる私に、引きつった笑みを浮かべるメイソンさん。いや、絶対そう思ってないでしょ。細めた目で斜めに見ると、更に引きつった。
「そんなに魔法アイテムに興味があるなら、僕が教えてあげるよ」
やっと笑いが収まったサミュエル王子が微笑む。
「え?今からですか?」
何言ってんだか。
「…そんな短時間で語れるモノでもないので結構ですよ」
残念~。もっと早くに気づいていたらなあ…。あ、でもサミュエル王子には教えてもらわない。セクハラしてくるし。
「あ―――、そう、か。そう、だね。うん。時間がない、か…」
なんだか歯切れが悪いサミュエル王子は置いておこう。
「ごめんなさい、メイソンさん。それで?」
「は、はい。ではこちらをご覧下さい」
そう言ってメイソンさんが水晶玉に手をかざすと、景色が浮かび上がってきた。
それは、見覚えのある風景―――。
「これ、私の居た世界?私の…住んでる街………?」
そうだ、あの時、この商店街に空気入れの針を買いに来てたんだ。って、ナニコレ本物?
思わずメイソンさんと水晶玉を何度も見比べた。
「そうです。ミツキ様をこちらにお呼びする際にもこの水晶玉で確認しておりましたが、お帰り頂く際にも水晶で確認しながら術を施します。畏れ多くもハーヴェロード王国の王妃様もおられますので、元の世界に戻ったところを王妃様にもご確認いただくということで、……あの…、それが、保証になりませんでしょうか?」
う~ん。なるほどねぇ~。
「私には、今見えている風景しか確認出来るものはないということね?」
「申し訳ございません」
メイソンさんが丁寧に頭を下げる。
ふむ。
「納得できなければ中止でいいのよ、ミツキさん」
「王妃様…」
食い入るように水晶玉を見ていた私に語りかけた王妃様の瞳は、真っ直ぐに私を捉えていた。心配してくれている、その思いが伝わってくる。王妃様からかけていただいた期待に、私は応える事ができない。それでも私に対する態度は、変わらず温かい。
「最後までご心配をおかけして、申し訳ありません」
私はこの世界に来て覚えた淑女の礼をした。この上なく丁寧に。
「王妃様に確認していただけるのなら心強いです。大丈夫です。元の世界に戻ります」
「そう…。分かったわ」
一瞬の間があったが、王妃様は大きく頷いてくれた。有難い。
「王妃様、最後にハグをさせていただいても?」
私は畏れ多くも王妃様にお願いしてみた。
「もちろんよ」
王妃様の広げた腕に、私は遠慮なく入ってギュッと抱きしめた。
「お世話になりました。この御恩は忘れません」
王妃様も私をギュッと抱きしめてくれる。
「ミツキさん、わたくしはまだあなたが娘になってくれる事を諦めてはいませんからね?」
昨日は震えていたのに。今日は声色が違うし、掴まれた肩が痛い。相変わらず力強い王妃様が戻ってきている。
それにしても、親子揃って諦めが悪い気がする。血筋かな?
「ありがとうございます」
でもこんなに思ってもらえて、本当にありがたい。にっこり笑って離れた王妃様の瞳が、ちょっとだけ怪しく光った気がした。気のせいかな。
隣の団長へ視線を向ける。
「団長、ちょっとしゃがんで?」
「ん?こうか?」
膝を曲げてしゃがんでくれた団長にもハグをする。
「団長!いろいろありがとう!みんなに宜しくね」
「!!!」
団長が真っ赤になって固まっていた。
「ちょっと団長!しっかりしてよ。そんなんじゃイザベルさんに笑われるわよ?」
「え…、い…、や…。――――勘弁してくれ…」
団長が項垂れ、大きなため息が漏れる。花の女子高生のハグに項垂れるか?失礼だなぁ。でも、やっぱり団長だ。思わず笑ってしまった。
これで本当にお別れ。凛々しい王妃様とまだ真っ赤な団長を目に焼き付ける。色々あったなあ。…何だか、胸が締め付けられる。まずい。うるうるしてきた。
よし、早く帰ろう。
「ん?」
振り返ったらサミュエル王子が両手を広げていた。
「何ですか?」
私は眉根を寄せた。
「何って、ハグだよ。次は僕の番だろう?」
「サミュエル王子はセクハラするからハグしませんよ」
王子の番はありませんと伝えると、本気であいた口が塞がらなくなっている。
「酷いよミツキ。僕はこんなにも溢れて尚余りある愛を注いでいるのに~」
知らないし、いらないし。本当に何を言っているのか。いや、今、ニヤって笑った?無いわー。
このままサミュエル王子と話していたら、変な方向に話が進んで帰れなくなりそうだ。
やっぱり付き合っていられないから置いておこう。
最後にもう一度…、一目だけでも逢いたかった私の大好きな人は、今頃何をしているんだろう。
―――馬鹿だね。散々傷つけておいて、いったい何を期待しているのやら。
私はゆっくり深呼吸をして、メイソンさんに向き合った。
「じゃあメイソンさん、お願いします」




