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帰路 1

 嘘でしょう?

 どんだけだよ?


 朝、目が覚めて体を起こしたあと、ベッドの上で暫し固まった。

 さすがに今日は眠れないなと思っていたのに、気が付くと朝だった。


 つまり、熟睡。


 窓の外を眺めると、空が白んでいた。


 この状況で熟睡って。

 う~ん…。

 これって、ワタシのナカでワリキレテルって事?

 いや、でも、何か、カタカナだし?


 “異世界最後の夜を満月とともに惜しむ”という私の計画は見事に霧散していた。ちょっとショックだ。……昨日まで眠れていなかったから?まさかの寝落ち?


 呆然と窓の外を眺めていると、山の稜線が朱に染まってきた。


 あ、ヤバイ。陽が昇る。

「ぼーっとしている場合じゃなかった」


 慌ててベッドを抜け出すと、顔を洗いに行く。

 騒ぎにならないよう、今日は早朝に帰るんだった。



 制服のブラウスに袖を通し、ふと鏡に映った姿に違和感を覚える。


「―――?」


 なんだろう?

 虫刺され?でも内出血っぽい?


 ………あっ。

 延々考えて、やっとわかった。

 昨夜泣きながら、でも、私を見て狼狽えるアイラの視線の意味…。


 

「~~~~ルークっ」

 朝から爆弾を落とされた感じだ。


 こ、これが、…き、キス、マーク…。

 って、どうするのよ!こんなところにっ!


 私の他に誰もいないのに辺りを見回し、鏡の前でぐるぐる周り、目一杯動揺した。どうしよう、恥ずかしすぎる!どうしようっ!


 まだ鏡の前でぐるぐる回って、何も解決していない私に、無常にもドアをノックする音が響く。


「ミツキ様、起きてらっしゃいますか?」

 アイラだ!

 …ま、待って、待って。何とかしないと~!


「ミツキ様?」

 返事がないので問い返された。


「お、起きてるわよ。ちょっ、と…、待ってくれる?」

 声が裏返った。


「畏まりました」

 うん。アイラは今日も冷静だ。


 さあ、頑張れ私!

 なんとか隠す方法を探さなきゃ―――。




「お待たせ、アイラ」

 私は、爽やかな笑みとともに、寝室のドアを開け放した。


「ミツキ様。おはようございます」

 アイラが今日も恭しく淑女の礼をしてくれる。

 私はリュックを肩にかけ、ボールを手に提げる。

「じゃあ、行こうか」

 フフッ。見よ、この余裕の微笑みを。堂々たる立ち振る舞いを!


 ―――って。

 何の事はない。ブラウスの第一ボタンを閉めたら、普通に見えなくなっただけ。

 騒いだ私が馬鹿みたいだ。いや、だって、こんな事初めてだしっ!



 一人言い訳をしていると、いつの間にか応接室の前だった。

 ―――ここは、サミュエル王子と初めて対峙したところだ。なんだか随分昔のことのように感じてしまう。


 護衛についてくれているウォーカーが、扉を開けてくれた。彼にも随分お世話になったなあ。しみじみと思い出に耽っている私の前に、前回とは違う部屋の様相が広がる。


 応接室の中は厚いカーテンで覆われ、明かりは部屋の両端に並べられた燭台の上の蝋燭。揺らめく炎に見入ってしまう。その部屋の奥にサミュエル王子と魔導師のメイソンが立っていた。


 初めて会ったあの日以降、メイソンの顔は見ていなかったけど本当に回復したみたい。顔色が随分良くなっている。いや、回復してないと困るんだから、良いんだけど。

 サミュエル王子はまあ、いつも通りのにこやかな笑顔。変態王子の本性が判っているだけに、蝋燭の明かりに照らされた笑顔はこの上なく怪しい。


 私は少し顎を上げ、目を細めた。

 我ながら、偉そうな態度だと思う。だけど、怪しい王子の笑顔に応えたくないからしょうがない。勝手な言い分を許したわけじゃないんだもの。



 ―――それにしても、召喚の儀式とかってこんな普通の部屋でするものなの?

 なんか、神殿とか、教会とかじゃないの?


 部屋の中をキョロキョロと見回していた私を、サミュエル王子が笑った。


「ミツキ、そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ?」

「大丈夫って言われても、こんな事初めてなんだから、何を根拠に大丈夫だって思えばいいのか分かんないのよ。そもそも、勝手に連れてこられたわけだし?ちゃんと元に帰してくれるって保証は?…何で判断すればいいの?」

 私は腰に手を当て、ため息混じりに聞いてみる。


「そうね。それがなければ、今日は中止よ」

 突然、後ろからかけられた声に、心臓が跳ねたかと思った。

 本当に吃驚した。


 そうして振り返ると、王妃様と団長が立っていた。


「わたくしも立ち会わせていただくわ。宜しいわよね?」

 拒否は受け付けないと、言外に告げる迫力ある微笑み。


 ―――流石王妃様!見事だ。


「ミツキ殿、俺も立ち会う。……殿下は…」

 団長の目が泳いでいる。最後まで分かりやすい態度に、騎士団の行く末が心配になる。


「王妃様、態々ありがとうございます。…団長、ルーカス王太子殿下とは昨日のうちにお別れをしたから大丈夫よ」

 にっこり微笑んだ私の顔を見て、団長は更に狼狽えた。王妃様は驚いた顔で―――。


「なにを考えているの、あの子は!馬鹿でしょう」

 王妃様のその呟きは、私には届かなかった。


 でも、傍で団長が引きつったので、聞き直すことはやめた。







「朝早くから、精が出ることですね。一体何をしているんですか?」


 慌ただしく開いた扉を押しのけるようにレオが部屋に足を踏み入れる。その態度とは裏腹な、抑揚のないいつもより低いレオの声に、書類に目を向けたまま答える。


「見て分からないか?随分鈍くなったな」



 執務室の机の上に積み上げられた書類の山。それらを一つずつ決済していく。


 また、随分と溜まったものだ。

 内務を疎かにしたつもりは無いが、最近はノーライズ領の件で動くことも多かったから、流石に影響が出たか。

 俺は粛々と政務をこなしていく。


「ルークこそ、随分と鈍くなりましたね?いいえ、態とですか?私の言っている意味がわからないはずはないでしょう?」

「………」

 だから、なんだ。俺に絡むな。

 顔を上げない俺に、レオの焦燥が伝わってくる。なんだかんだと付き合いは長いからな。


「此処に居て、どうなるというのです?」

 机の上の書類を手に取りながら俺を訝しむその様に、諦めて顔を上げた。


「おかしな事を言う。…此処に居なければ、どうにかなるのか?」

 俺は自嘲気味に笑った。


「ルーク!」

 眉根を寄せるレオを一瞥し、俺は再び書類に目を落とす。

「………案ずるな。昨夜のうちに別れは済ませている」


 バサッと何かが落ちる音がした。

 見ると、レオが持っていた書類を床に落としていた。

 珍しいこともあるものだ。


 レオはそれを拾おうともせずに、俺に語りかける。


「これが最後かも知れないのですよ?本当にそれで良いんですか?」


 それで良いのか、だと?

 良い訳がない。

 だが、そんな事を聞いて何になる?


 やめろ…。お前がそんな辛そうな顔をするな。


「…行って何になる?」

 こんな会話を続けるのは不毛だ。いい加減に切り上げようとするが、レオは更に追い打ちをかけてくる。


「それでも、あなたは行くべきです」

 ―――こいつは俺が憎いのか?これが王太子の責務だと?

 巫山戯るな。


「目の前で……ミツキが消えるのを、指をくわえて見ていろと言うのか?」


 譲らないレオの顔が、俺の言葉に歪んだ。―――いや、俺の顔こそ相当に酷いことになっているはずだ。

 俺は、前髪をぐしゃりと握りしめた。


 そんなことに耐えろというのか?



「どんな罰だ………」


100話です。

お付き合いいただいている皆様。ありがとうございます。

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