第六話 開かれた門
「モモ、前だけ見て走れ。振り返るんじゃねえぞ」
クロウが大剣を背に担ぎ、モモの細い手を引いて険しい道を駆け上がる。
その前を走るシキは周囲の闇へ目を配り、いつでも刃を突き出せるよう身構えていた。
火の海と化した船の明かりが遠ざかり、周囲はうっそうとした原生林と、切り立った岩壁が織りなす闇に包まれていく。
道を危うげに照らすのは、船から逃れてきた男たちがかかげる松明の炎だけだ。
さっきまで連携も取れずにうろたえていた男たちは、いまや生き残るために互いの距離をつめ、必死に足を動かしている。
幾度目かのいびつな曲がり角を抜けたところで、モモは、ふと気がついた。
あの白髪の奴隷がいない。
口調こそていねいだが凍るような目つきで、ばらばらだった男たちを統率し、先頭に立って道を指し示していたはずのトウヤ。
その姿が、どこにも見当たらない。
彼の背には、決して浅くはない矢が突き刺さっていた。
乱戦のさなかに落伍して、異形のえじきになったのだろうか。
闇にまぎれて消えたトウヤに、モモは胸騒ぎを覚えた。
だが、その疑問を口にする余裕も、考える時間も残されていなかった。
「柵だ! あれが、あの野郎の言ってた関所なのか?」
先頭を走っていた男の一声が、次なる試練の幕開けとなった。
視線の先、切り立った二つの岩盤の隙間を埋めて、巨大な防壁がそびえ立つ。
幾重にも組まれた頑強な丸太。
奇怪な意匠のほどこされた強固な門。
島の中枢へと続く道をはばむ壁。
紅鬼が守る関所は閉ざされ、篝火のたかれた門前には、オニの群れが立ちはだかっていた。
「しまった」
シキが小さくうめきを漏らした。
青ざめた横顔を見て、モモにもわかった。
消えたトウヤと、関所で待ち構えているオニの群れ。
二つの事実が、最悪の形で結びつく。
自分たちは、ここへ誘導されたのだ。
背後には浜辺から追ってきた群れが、距離をつめてきている。
前方には強固な防壁と、手ぐすね引く無傷の軍勢。
完全な挟み撃ちだった。
男たちの足が、ふたたび止まりかける。
「引けば全滅、進めば活路だ。門を破るしかない!」
シキの一喝が、恐怖にすくみかけた男たちの背を押した。
クロウは大剣を抜くと、オニの群れへと突撃した。
大剣が夜闇に弧を描き、門前を塞いでいたオニをはじき飛ばす。
その一撃が、すくんでいた男たちの目を覚まさせた。
「生きて帰りたけりゃ、ここをぶち破るしかねえんだよ!」
一団は半狂乱のまま、門前の異形どもへ突撃した。
戦闘にまぎれ、影をぬって門へ近づいたシキは、刀の切っ先を重い門扉の隙間へと差しこみ、内側の閂を探った。
しかし門扉はびくともしない。
小細工はききそうになく、力押しでも開きそうにない。
シキの眉が険しく寄せられた。
クロウは片腕でモモの肩を抱き寄せると、もう片方の手で構えた大剣の刃を寝かせて薙ぎ、敵をけん制した。
「門はどうだ」
「簡単には開きそうにない」
シキが答えた直後、後方から地鳴りが轟いた。
浜辺から追ってきたオニの群れが、ついに追いついた。
前線から引いていた男たちが次々と倒れ、夜の森に悲鳴がこだました。
シキも門から離れて刀を構え直したが、疲労はモモの目にも明らかだった。
鋭い爪が反応の遅れたシキの肩口をかすめ、白い衣服に血がにじむ。
「苦戦してるじゃねえか」
言ったそばから、クロウも隙を突かれた。
背後からの巨大な槌を間一髪で受け止めたものの、体勢を崩して地に膝をつく。
モモは短い悲鳴を上げて、硬直した。
傷つき、なすすべもなく追いこまれていく二人。
まばたきも、できなかった。
目に映るものすべてが死を連想させる。
守られてばかりじゃ、何も変えられない。
こわい。
けれど、動け。
考えるほどに、身体は動かなかった。
それでもモモは、二人の幼馴染の前に身を投じ、獰猛な牙をむき出しに迫りくるオニを、にらみつけた。
「わ、わたしが……!」
オニよりも早く、二人が動いた。
膝をついたクロウと、血を流すシキの瞳に、執念に似た光が同時によみがえる。
二人は残された体力を振りしぼり、地を蹴って、ふたたび奮起した。
クロウの大剣が敵を薙ぎ払い、シキの白刃が的確にオニを退けていく。
「なっ……にやってんだ!」
「これだから目が離せない」
二人がモモを背にかばい、敵を寄せつけまいと得物を振るう。
しかしそれも、長くは持たない。
包囲が縮まり、全員がこの場で殺される――誰もがあきらめかけた、その時。
閂の外れる音が、門の内側から漏れ聞こえた。
固く閉ざされ、シキの細身の刀では微動だにしなかった強固な門が、内側からひとりでに開き始めた。
不快な金属音とともに、門扉が左右へと分かれていく。
「開いたぞ!」
「助かった、奥へ走れ!」
クロウもまた、モモの身体を抱き上げて、門の内側へと駆けこんだ。




