第五話 白髪の軍師
トウヤは、武器を片手にただ慌てふためいているだけの男の肩をつかむと、語りかけた。
「目を開いて、よく見なさい。敵は確かに凶暴ですが、得物はお粗末で、数もそれほどではありません。あなた方のほうが数は多い。さあ、武器を手に取って立ち向かうのです」
響いたのは、知的で落ち着いた声だった。
続けてトウヤは、呆然とする面々に向けて、芝居がかったしぐさで砂浜を指し示した。
「無策に駆け回るのは敵の思うつぼです。陣を組み、列を作りなさい。奴らを退ければ、この島に眠る宝はすべてあなた方のものです。ここで無意味に命を散らすか、それとも盾を並べて生き残るか。どちらが賢い選択か、よく考えなさい」
妙に説得力のあるその声に、取り乱していた男たちの手が止まった。
顔を見合わせ、恐怖を振り払って武器を構え直す。
次々に砂浜へと飛び降りると、互いの背中を預け合い、即席の陣を敷き始めた。
鮮やかに場を支配したトウヤは、戦場へ視線を投げかけた。
髪を乱し、傷を負いながらも、そのたたずまいには気高ささえあった。
しかし、いまはその姿に見とれている場合ではなかった。
クロウとシキが、急ごしらえの陣の隙間を埋めて、戦火の砂浜へおどり出た。
それを追ってモモもまた、かたむいた船首から漆黒の砂浜へと飛び降りる。
「オラァッ!」
雄叫びとともに、クロウの大剣が風切り音を立てて横一文字に薙がれた。
陣を食い破ろうとしていたオニが、吹き飛ばされる。
「後手にまわるな」
シキの刀がひらめいた。
集まりかけていたオニは四方に散り、遠巻きに彼を狙う。
海の男たちの粘りに二人の武勇がかみ合い、砂浜の戦況は有利にかたむき始めた。
あの時、見届けることがかなわなかった背中が、今は毅然と立ち塞がっている。
自分の声から始まった変化が、破滅の結末を書き換えようとしている。
そんな希望がモモの胸にきざした、その矢先だった。
明かりの届かない内陸から、地鳴りとなった足音が近づいてきた。
一体や二体ではない。
十、二十――いや、それをはるかに超える数の紅い眼だ。
それが次々と数を増して、浜辺へと押し寄せてくる。
「どこから湧いてきやがる」
クロウの大剣が敵を斬り伏せても、その背後から新たな異形が迫りくる。
無尽蔵の敵を前に、一団はじわじわと後退を余儀なくされた。
個人の武勇や即席の陣で覆せる限界を、物量が押し潰していく。
そうして追いつめられながらたどり着いたのは、モモの死の記憶に深く刻まれた場所――そびえ立つ岩盤の裂け目、東の砦の前だった。
廃棄された坑道が、ふたたびモモの視界に飛びこんでくる。
オニに攻め立てられた者たちは、その場しのぎの盾にしようと、その暗闇へ逃げこもうと色めき立った。
「モモ、走れるな」
クロウがモモの手を引き、裂け目へと駆け出そうとした。
また、ここに来てしまった。
この坑道に、先はない。
落盤が起きて、潮が満ちて、皆生き埋めになる。
知らない道は怖い。
それでも、知っている死よりはずっといい。
今度は、わたしが選ぶ番だ。
モモはつながれた手を、力ずくで振りほどいた。
「その先は行き止まりよ!」
驚いて振り返るクロウの前で、モモは自らが先に立ち、海とは反対、内陸へ続く細い道の入り口を指した。
「こっち! あの穴にだけは、入らないで!」
その声に、迷子の震えはもうなかった。
座礁を、夜襲を言い当ててきた彼女の言葉は、無視できない重みを持っている。
クロウとシキはうなずき合った。
シキが声を張った。
「聞いたな、みんな。迂回するぞ。包囲を破り、開けたほうへ抜けるんだ」
そのやり取りは、あの白髪の男、トウヤの耳にも届いていた。
トウヤはモモを一瞥すると、檄を飛ばして自ら先頭を走った。
「せまく暗い洞穴で、オニにかなうとお思いですか? 戦って道を切り開き、関所を目指すのです」
意を決した男たちの足音が、砂浜を蹴り立てた。
モモの選択と、トウヤの一喝によって、一団は東の砦に背を向け、島の内陸へと続く険しい道へとなだれこんでいく。
未知の領域への、強行軍だった。
しかも背後からは、決して逃さぬとばかりに、オニの群れが地鳴りめいた咆哮を上げて迫りくる。
その足音と息づかいが、モモの鼓膜を震わせた。




