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第四話 ふたたびの襲撃

 二人はモモとともに、急ぎ船室を飛び出した。

 廊下に出ると、異変を感じた船乗りたちの声が、あちこちから聞こえてきた。


「行くぞ」


 扉を閉め、甲板へ向かって歩を踏み出す。

 甲板を打つ無数の音と短い悲鳴が響き渡り、続けて、いま出てきたばかりの船室から激しい破壊音が轟いた。

 船全体が、木の葉さながらにかたむく。


 だが、モモの記憶とは異なるゆがみが、すでにこの空間に生じていた。

 大剣の柄に手をかけていたクロウが、衝撃に対して誰よりも早く身構えていた。


「本当に来やがった!」


 クロウの短い罵りと同時に、頭上から、甲板を蹴る激しい足音と剣戟の音が伝わってきた。


 誰もいないはずの船室の扉が、内から開く。

 両の眼を紅く光らせた異形が、姿を現した。


「任せて」


 せまい廊下ではクロウの大剣は使いどころが難しい。

 刀を鞘から走らせて、シキがオニと向かい合った。

 オニの手には、せまい場所でこそやっかいな短刀。

 瞳の動きが読めない紅い眼が、じっとシキをうかがっている。


 先に動いたのはシキだった。

 流れる動きで半身になると、空気を裂く突きを放つ。

 オニは避けきれずに体勢を崩し、よろめいて壁に身を打ちつけた。

 そこへ、狙いすました一撃。

 オニは短い声を上げ、崩れ落ちて動かなくなった。


「敵に回したくはないな」


 おどけた口調で、クロウがシキをねぎらった。

 だが、その軽口とは裏腹に、二人の顔は青ざめていた。


「ともあれ、オニってやつがどんなのかは、わかった」


 クロウの言葉にシキがうなずく。

 それから、モモに向き直った。


「恐れるなとも、慣れろとも言わない。でも、僕たちが選んだのはこういう道だ。ひとつの油断が命取りになる。だから、僕はためらわない。それと……さっきの言葉。信じる気になった」

「うん。オニを斬ったことに驚いただけ。……信じてくれて、ありがとう」


 その時、船底を引き裂く衝撃が、船を縦に激しく揺さぶった。


 船が、壊れる。


 だが、あの恐ろしい死の記憶とは違い、無防備に宙へ放り出されることはなかった。

 気を張りめぐらせ、備えていたクロウが、シキとモモの身体をまとめて引き寄せたのだ。

 自らの肉体を盾にして、壁へ、天井へと、ぶつかっていく。


「ぐっ……!」


 短いうめきとともに、クロウがモモを床へとかばう。

 間髪入れずに、シキが周囲に目を配る。

 衝撃ではじけ飛んだ木片がシキの背中に当たって鈍い音を立てたが、彼は眉ひとつ動かさなかった。


 制御を失った船は隠ヶ島の砂浜へと乗り上げ、船体を大きくかたむけた状態で、ようやく停止した。


「クロウ!」


 したたかに打ちつけられたクロウの身体をモモが確かめるよりも前に、クロウが笑顔を向けてくる。


「問題ねえ。しかしよ、お前の言う通り警戒してなきゃ、今ので首が折れてたぜ」


 クロウは斜めにかたむいた廊下に立つと、モモの手を取り、立ち上がらせた。

 額の生え際が切れて、血が眉に入っている。

 シキもまた素早く体勢を整えると、刀の柄へ手をかけた。


「クロウ、甲板へ。ここを切り抜けて、モモの予言をはずしてやろう」



    ◇



 三人が甲板へ駆け上がると、そこには無数の火矢が降り注いでいた。

 へし折れた柱や甲板、帆のあちこちに矢が深く突き刺さり、黒煙が吹き上がる。

 その上で、秩序を失った船乗りたちが右往左往していた。

 ある者は恐慌状態におちいり、武器を手に砂浜へと飛び降りていく。

 またある者は、突然の座礁と夜襲に腰を抜かし、ただ頭を抱えて叫び散らすばかりだった。

 戦いにすら、なっていない。


 その混沌のなか、へし折れて倒れた帆柱の影にうずくまる一人の男の姿が、モモの視界に入った。

 粗末な麻布の衣服をまとい、その手首には、かつてつながれた枷の跡が生々しく残っている。

 雪のように白い髪。

 その男を見て、モモをかばうクロウが顔をしかめた。


「お前が眠っている間に拾い上げた漂流者だよ。トウヤとか言ったかな」

「漂流?」

「海で拾ったんだ。誰もが恐れる霧の海。その先に、オニの島があるんだと言っていた。最初は頭だの身体だのとおびえるばかりで、船長が出てきてようやく名乗ったのさ。あいつは、その島から……ようするに、ここから逃げだした奴隷なんだと」

「奴隷って」


 聞く者の耳に心地よく響く、モモの声。

 それはこのときばかりは矢となって喧騒を抜け、男の耳へと届いたらしい。

 トウヤは不意に顔を上げ、冷ややかな瞳を向けてきた。

 白い髪の間からのぞく眼がモモを捉えると、その眉がかすかに持ち上がった。


 値踏みするような目が、モモを上から下までなぞったが、それも、わずかな時間のこと。

 トウヤの視線は、戦火のうずまく砂浜へと戻された。


 連携を欠いた者たちが次々とオニに討たれる、蹂躙の場と化しつつある砂浜。

 その惨状を前に、トウヤの口元が険しく引き結ばれる。

 あるいは、背に深く突き刺さった矢が、そうさせたのかもしれない。

 麻布の衣服には赤い染みが広がっていた。


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