第五十話 光
夜霧の彼方から放たれた一条の光が、島を昼間さながらに照らし出しながら、険しい山中を奔ってきた。
しんがりにいたクロウの頭上を越え、木々の合間を縫って、列の先頭へ――船乗りを先導していたトウヤの身体に、吸いこまれるように突き刺さる。
まとう布地から青い紋様が幾重にも浮かび上がり、外套の下で翼が光り、あふれ出た光の粒子と共鳴して輝きを散らした。
一帯が、トウヤを中心とした白い光に照らされる。
暗闇からオニに追い立てられ、疲れきった男たちの顔があらわになった。
「つめ、た……!」
トウヤの細い身体が大きくのけ反った。
湿った黒土へと膝を折り、爪を立て、両の腕をかきむしっている。
苦悶に顔をゆがめ、途切れがちな息を吐きながらも、その口元には笑みが刻まれていた。
モモ。
君の覚悟、見せてもらいました。
ですが、そのすべてを君に背負わせるつもりはありません。
半分は、僕が。
ああ、ビャクヤ。
君はこんな痛みに、ずっとひとりで耐えていたのですね。
山全体を包みこんだ白い輝きのなかで、襲撃を仕掛けていた紅鬼たちが顔を覆い、ばらばらに退いていく。
船乗りたちが、困惑の声をあげた。
傷ついた片目を押さえながら大鉾を握りしめていた船長は、逃げゆくオニの背を見るや否や、怒号を張り上げた。
「何ぼうっとしてんだい! 形勢逆転さ、反撃だよ! 奴らを追って、お宝を根こそぎせしめるのよ!」
その声にあおり立てられた男たちは、雄叫びで応えると、一転、追跡者となって山中を駆けだしていった。
光が収まり、群れが山の奥へ移っていくなか、トウヤが腐葉土の上へと倒れこんだ。
すでに翼は折りたたまれ、あやかしの服の下に隠れている。
オニを追走する男たちに逆らうようにクロウは列を離れ、泥に伏したトウヤの元へ走った。
やせた身体を抱えあげる。
胸は上下していた。
冷気をまとう、結晶化した右腕。
見覚えのあるそれが、なぜトウヤに。
「どうなっていやがるんだ、一体……」
トウヤを背負うとクロウは、その答えを求めて、重い足取りで移動を始めた。
◇
そのころ、祠では、すべての役割を終えた巨大な結晶の花が、光の塵となって霧散していった。
崩れ残った花の芯で、膝をついていたのは、雪のような白い髪を持つ、一人の少年だ。
白鬼の長――ビャクヤ。
少年は立ち上がろうとして倒れこむと、あお向けに転がり、シキの腕に支えられて座りこんでいるモモに顔だけを向けて、微笑んだ。
シキはモモの背に手を当てたまま、その少年を見下ろしていたが、そっと腰を落とし、モモを少年の隣に座らせた。
そのかたわらでは、儀式にすべての力を使い果たした長老が、杖を手放して床へ膝をつき、ただ涙を流していた。
同じく憔悴し、肩で息をするグレンが、その身体を大きな手で支えている。
誰もが言葉を失い、動けなくなったなかで、ビャクヤがぽつりぽつりと、言葉を紡ぎ始める。
「長い夢を見ていたんだ」
それは、この薄暗い島の里ではない場所。
潮のにおいがするにぎやかな港町で、赤髪の少年と青髪の少年。
掛け替えのない仲間とともにむしろを分け合い、笑い合っている、とてもあたたかい日々の夢だった。
「外の世界のことなんて何ひとつ知らないはずなのに、どうしてあんなに優しくて、愛おしい時間が流れていたんだろう。それが、いつか耐え切れなくなって消滅してしまうまでの、仮初めの慰めでしかないと知りながらも、僕はあの夢を見ることができたから、孤独に耐えることができたんだ」
ビャクヤは隣の少女を見つめ、微笑んだ。
「そう、思っていた。けれど、そうじゃなかった。夢の中の僕は――モモ、君だったんだね」
モモは答えられなかった。
ただ、結晶の剥がれた右手を、少年の手に重ねた。
「グレン、僕との約束を守ってくれてありがとう」
ビャクヤの言葉に、グレンはただフンと鼻を鳴らし、ぼそりとつぶやいた。
「我は一族の掟を守ったまでだ。何のことかわからぬ」
そこへ、にわかに洞窟に風が吹くと、紅鬼の戦士が駆けこんできた。
「グレン様、一大事です! 関所に人間たちが押し寄せ、兵たちと激しく戦っております!」
グレンは、座りこんだままのモモと、横たわるビャクヤ、そばで支えるシキ、力を使い果たした白鬼の長老を順に見すえると、鋭い眼光を、息を切らせて駆けつけてきた紅鬼の伝令へと向けた。
「お前はここに残り、盾となれ」
平伏する部下にそう命じると、グレンは迷いのない足取りで外へと歩み出した。
その背を追うように、シキが立ち上がる。
一度だけ、モモを振り返った。
「行ってくるよ」
「うん」
グレンは振り返ることもせず、無言でいることで同行を許した。
二人は洞窟を抜けると、白みはじめた山道を踏みしめ、関所へと急いだ。




