第四十九話 呼び声
それでもなお、繭からは絶えることなく光が吐き出され続けていた。
一時の暴走ではない。
封印によってためこまれていた、歳月の重さ。
二つの器ですら、到底受け止めきれるものではなかった。
同じだ。
これは、あのときと同じ。
モモの脳裏を、幾度も見た破滅がよぎる。
誰かが肩代わりしようとするたび、光は行き場を失って暴走し、トウヤを、クロウを、シキを、白く焼きつくす。
だめ。
そんなことは誰も、望んではいない。
薄れかけた意識の奥で、モモは奥歯をかみしめた。
三度目の夜、繭に手を当てても、届かなかった。
でも船の上で、眠れと語りかけたオニには届いた。
違いは何だったか。
あのときは、トウヤの憎しみと里の炎に引き裂かれた。
眠れと言ったとき、わたしはただ、相手のことだけを考えていた。
この光は、ずっと、ただ呼んでいただけなのだ。
閉じこめられて、肩代わりされて、それでも呼ぶのをやめなかった。
モモは、自らの意志で一歩、繭へと踏み出した。
光を遠ざけようとはためく衣をまくり上げ、結晶と化した右腕を、脈打つ繭の表面へと押し当てる。
「モモ! 何を――」
シキの制止も、長老の悲鳴も、もう届かない。
モモは、四度の廻りのなかで幾度も感じた、あの孤独の主へ、呼びかけた。
ビャクヤ。
もう、我慢しなくていい。
ひとりじゃないよ。
わたしがずっと、聞いてた。
あなたの声を、ぜんぶ。
繭の奥で、少年の思念が、びくりと震える。
――ぼくを、みつけて、くれたの。
うん。
ずっと前から、聞こえてた。
だから、もう帰ろう。
あなたの身体へ。
手のひらの結晶が、内側からほどけていくのがわかった。
流れこんでいた寒さが向きを変え、いま来た道を、ゆっくりと引き返していく。
暴れ狂っていた奔流が、ふっと勢いを失った。
行き場を求めてのたうっていた白い濁流は、モモの手のひらを通り道にして、けれど彼女を蝕むのではなく、生まれた場所へ――ビャクヤ自身の元へと還っていく。
巨大な繭が砕け散り、まるで幾百もの透明な花びらが広がるように咲き誇った。
その幾何学模様の結晶の奥、中央には、白髪の美しい少年が浮かぶように立っていた。
それから、膝をついた。
光の粒子を全身に浴び、やがて薄紫色の瞳を開いた。
少年が、自らの意志で、おのれの力を抱き直したのだ。
モモの右腕を覆っていた結晶が、さらさらと剥がれ落ちていく。
みずみずしい肌が戻り、ただ爪の先にひと欠片、名残をとどめるだけとなった。
「ひとりで抱えこむことなんて、ないんだよ。……ばか」
四度目の廻りの夜、森の巨木の根元で、シキがくれた言葉だった。
その言葉を、モモはビャクヤに返した。
つぶやいて、モモの膝が折れた。
駆け寄ったシキが、崩れ落ちる身体を受け止めた。
やさしく、そして力強く。
モモは荒い息をつきながら、砕けた繭の中央を、まばたきもせずに見つめていた。
◇
抱きとめた身体は、軽かった。
シキは片膝をついたまま、モモの右腕を見た。
肩から指先まで、肌が戻っている。
爪の先に、硝子がひと欠片。
それだけだ。
腕に沿わせた、抜かなかった刃が肘の内側に当たっている。
冷たい。
この腕を裂くつもりだった。
裂いていたらどうなっていたか。
しかし、そうなる前に終わってしまった。
ひとりで抱えこむことなんて、ない。
モモがさっき口にした言い回しを、シキは口の中で繰り返した。
モモにこそ、言ってやりたい言葉だ。
繭のあった場所で、白い髪の少年が、自分の両手を見下ろしている。
モモはその少年から、目を離さない。
誰もが、言葉を失ったかのように沈黙していた。




