第四十八話 縫い目
長老が杖を取り直し、地をたたくと、グレンが金砕棒を地に置いた。
二人の異なる息づかいが重なり合い、それぞれの内にある力が、中央に鎮座する結晶の繭へと注ぎこまれていく。
紅鬼の首領が宿す、万物をたぎらせる生命の熱。
そして白鬼の血に伝わる、厳かな祈りの祝詞。
相反する二つの波紋が交わり、包みこむように繭の表面をなで、ほどいていくと、檻のあちこちからひびが走り始めた。
そのひびの隙間から、かつて世界を白くのみこんだものと同質の、果てしない光の奔流があふれ出す。
光はうずを巻き、モモの右腕へと殺到した。
「っ、あ……!」
受け止めた光の質量に、モモの口から短い悲鳴が漏れる。
感覚を失っていたはずの右腕に痛みが走り、肩口から胸元へと、結晶がその侵食を広げ始めた。
少女の華奢な肉体が、見る間に冷たい硝子細工へと変貌していく。
光は、熱くはなかった。
寒かった。
船室で初めて感じた、あの知らない誰かの寒さ。
それが、幾年分もまとめて流れこんでくる。
この寒さの中に、ビャクヤはずっといた。
膝が、砕けかける。
それでも右腕は繭に向けたまま下ろさない。
◇
モモの背後から、シキはそれを見ていた。
関所の前で、モモは腕から光を漏らしただけで立っていられなくなった。
あれは、ほんのわずかな量だ。
いま繭が吐き出しているものは、その幾倍か。
十倍か、百倍か。
数えても仕方がない。
行き先はひとつしかない。
袖口の内で、暗器の柄を握り直す。
手のひらが湿っている。
考えていたのは、こうだ。
繭にひびが入る前に、自分の腕を裂く。
血を繭に当てる。
器になれるのかどうかは知らない。
知らないが、光が選ぶのが「引き受ける身体」だというなら、差し出す身体は彼女のものでなくてもいい。
――そう考えて、間に合わなかった。
ひびは、もう入っている。
しかし、今からでも。
彼女と繭の間に、この身体を。
トウヤは、どこまで知っていたのだろう。
あの男は、何も言わずにモモを送り出した。
知っていて黙っていたのなら。
そこまでで、考えるのをやめた。
シキが二歩目を踏む前に、モモの上着が、縫い目に沿って青く光った。
トウヤの衣だ。
あの男が針を運んでいた、あの布。
光がその紋様に沿って束ねられると、彼女の身体を離れ、ほとばしった。
洞窟の入口へ向かって奔り、彼方へと飛んでいく。
柄にかけた指から、力が抜けた。
先を越された。
あの男は、彼女をひとりで立たせる気がなかったのだ。
最初から、針を運びながら、ずっと。
シキの覚悟は、そこで行き場を失った。
◇
寒さが、止まった。
胸元まで来ていた結晶の縁が、そこで動かなくなる。
上着が、内側から光っていた。
その紋様に沿って光が束になり、袖口から抜けて、どこかへ飛んでいく。
うずきがやわらぐ、この感覚。
道中で、参道で、幾度も感じていた。
あの時の、袖から漏れた青い光。
採寸のとき、縫い目に沿って針が運ばれるたび、背中で止まっていた細い指。
あれは、採寸ではなかった。
長老が、よろめきながら声を震わせた。
「トウヤ……あの小僧……!」
長老の悲鳴が、モモの理解に追いついた。
光を、分かつ。
あの指は、それを縫いこんでいた。
視界の端で、袖口に入っていたシキの手が、だらりと下がった。




