第四十七話 薄氷
夜の山道を、三人はさらに島の深奥へと進んでいく。
グレンの大きな背中を追いながら歩くシキの胸中は、先ほど明かされた器という言葉にかき乱されていた。
光を引き受ける、身代わりの身体――それはつまり、モモの命と引き換えという意味ではないのか。
引き受ける身体が要るというのなら、それが彼女である必要はどこにある。
僕の身体でも、足りるのではないか。
ふと、トウヤの横顔が脳裏をかすめた。
あの男は、この真実を知っていたのではないか。
浮かびかけた疑念を、シキは小さく頭を振って追い払う。
仲間をそんな風に疑うには、何もかもが足りない。
ただ、そうなってからでは手遅れだ。
胸の底に、棘のような違和感だけが、抜けずに残った。
◇
やがて、うっそうとした木々の合間に、ひっそりとたたずむ集落が見えてきた。
すり鉢状にくぼんだ山腹に隠された、白鬼の里。
軒先に吊るされた菜っ葉と提灯が夜風に揺れる、質素な家々。
白砂の道が一本だけ伸びている。
モモの足が、里の入り口で止まった。
三度目の廻りの夜、この道は燃えていた。
わらぶきの屋根に火が放たれ、板戸がたたき割られ、母親が幼子を抱えて物陰に転がりこんだ。
あの夜を知っているのは、ここにいる誰でもない。
わたしだけだ。
板戸はどれも閉ざされている。
四度目の廻りでは、この道を、顔を上げて見る余裕もなかった。
グレンが、振り返りもせずに言った。
「止まるな」
モモはうなずいて、歩き出した。
白砂の道を、燃えなかった家々の間を、急ぎ足で。
グレンはその集落の外縁にたたずむ、ひときわ頑強な造りの古い庵へと向かった。
土間へ立ち入ると、薄暗い部屋の奥、火の落ちた囲炉裏の前に、一人の老人が座している。
長く白いひげをたくわえ、ひび割れた杖を突いたその老白鬼は、トウヤと同じ、薄紫色の瞳を宿している。
「虫の知らせというやつじゃな。ろくに寝つけんでおった」
グレンは長老の前に進み出ると、有無を言わさぬ口調で告げた。
「白鬼の長老よ。これより祠へ向かう。封印を解く刻がきた」
長老の口が開き、何かを言いかけて、閉じた。
その視線は、グレンの隣に立つモモの右腕――衣を透かして漏れ出るかすかな光に注がれている。
長老はひび割れた杖を深く床に突き、きしむ音を立てて、その重い腰を上げた。
「ワシが案内しよう。あの子の待つ場所へ」
外へ出ると、夜明け前の寒気が四人の肌を刺した。
盆地を包む深い霧のなかを、長老の頼りない足取りを先頭にして、グレンの巨影がその後に続く。
目指すのは、里の裏山にひっそりと口を開けた禁忌の洞窟だった。
一歩ごとに、モモの上着の袖の奥で、指先から肩へと広がる青白い結晶が激しく脈打ち、冷えを増していく。
肉の感覚を失った硝子の腕が、まるで目に見えない糸で手繰り寄せられるかのように、洞窟の奥へと彼女の身体を強く引っ張っていた。
そして、モモの頭の奥へ、泣きじゃくる子供の思念が流れこんでくる。
――さむい……にいさま……。
かつて世界を白く染め上げた、あの破滅のなかで聞いた、悲痛な叫び。
モモは息を荒くしながら、はやる気持ちを抑え、最奥へ急いだ。
◇
そこは、無数の結晶が群生し、石筍のようにそびえ立つ美しい祠だった。
空間の中央には、ひときわ巨大な結晶の繭が鎮座しており、明滅する光の中に少年が眠っているのだ。
「ビャクヤ様……」
長老が杖を離し、震える手を繭の表面へと伸ばした。
触れる寸前で手を止めると、あらたまった表情でグレンを見上げた。
「解くには、お主の力が要る、グレン。内から均等にじゃ。外から割れば――」
長老のひび割れた声が、結晶の壁に反響する。
「一寸の狂いも、焦りも許されぬ、薄氷を踏む儀式じゃ」
グレンは重々しくうなずくと、巨躯を繭の前へと進めた。
同時にモモも移動すると、繭を囲う位置をとる。
シキの手が、袖口へ入ったまま出てこない。
モモはただ、脈打つ繭を見つめていた。
かつて何度も、目の前で絶えていった、それぞれの命。
それをくつがえすための答えが、今、目の前にある。
「グレン、長老……。お願い、始めて」
モモは、感覚のない右腕を左手に抱え、そう告げた。




