第四十六話 囲炉裏の夜
グレンにうながされて門をくぐった二人は、すり鉢状になった内庭のさらに奥、紅鬼たちがつめている関所の内部へと足を踏み入れた。
石と巨木を組み上げて作られたその建物は、見た目に反して、快適な居住空間を兼ねていた。
通されたのは、炭火が赤々と熱を放つ、囲炉裏を囲った一室だった。
グレンは、シキの肩に寄りかかるように身体を支えているモモを一瞥すると、毛皮の敷かれた木椅子をあごで示した。
モモが深く椅子に身体を沈め、シキがそのかたわらに寄り添うと、グレンは炉をはさんだ反対側に腰を下ろした。
グレンは、すぐには口を開かなかった。
炉の火に目を落とし、太い指で炭をひとつ、火のなかへ押しやる。
答えを待っているのは、こちらだけではないらしかった。
モモは、袖の中の硝子の右腕に、左手を添えた。
「器っていうのは……あの子の光を受け止めるための身体。そうでしょう?」
グレンの指が止まった。
「繭は、いつか壊れる。その時、あふれた光を引き受ける身代わりが必要になる」
そこで、言葉が尽きた。
わかっていること、考えが及ぶところは、ここまでだ。
「そうだ」
重くて厚い、グレンの声。
「あの光は、我らには猛毒よ。ゆえに白鬼の長は、自らの意志でおのれごと繭に封じられた。そして、お前の言う通り、繭の殻は永遠ではない」
「里の者には、我が封じたと告げた。大罪人を封じた紅鬼を恨むほうが、あの子を恨むよりはましであろう」
グレンは、モモの袖の中の右腕へ、あごをしゃくった。
「白鬼の里から器が生じるはずだった。だが、それがいつ、どのようにして生じるか。それが間に合うのかすら、わかっておらんかった。それがよもや、人間の娘の姿で現れるとはな」
グレンの目元にしわが刻まれる。
笑っていた。
「お前が時をさかのぼれたのは、その腕にたまった光を汲み出していたがゆえよ。器にたくわえられた光は、時をも渡る。汲み出すたびに、その身が結晶へのまれてゆくのは、道理だ」
モモは息を吐いた。
光を浴びたからではなく、汲み出したからだ。
あの朝シキが組み立てた読みとは、違っていた。
上着の袖の中で、硝子の右腕がかすかに冷えを増すのを感じる。
グレンの回答を聞いていたシキが、深く頭を下げた。
「本来、決して語られることのない秘密を語ってくれたことに感謝する。ならば、いまこの島に迫っている危機についても、あなたに伝えておかねばならない。島の中央、水路の先にある山中には、欲に目がくらんだ人間たちがひしめいている。彼らの目的は、この島に眠るという莫大な宝だ」
オニの首領の眉間が、不快そうにゆがむ。
シキの話を受けて、モモが言葉を続ける。
「わたしたちも、ここへたどり着くためには、あの人たちの船に乗るしかなかったの。でも、今はトウヤが先頭に立って、彼らをわざと険しい山道へと誘導している。むやみにあなたたちと衝突して、無駄な血が流れないように、時を稼いでくれているの」
モモは椅子から身を乗り出して、声を張り上げた。
「お願い、グレン。もし彼らがここにたどり着いても、どうかいたずらに命を奪うようなことはしないで。力の差を見せつけて、脅して、この島から追い返してほしいの。これ以上の命のやり取りは、繭の奥で耐えているビャクヤの心をさらに傷つけ、力の暴発を早めるだけよ」
グレンは炉の火を見つめたまま、しばし思案に沈んだ。
その口元は固く結ばれ、人間の勝手な都合に耳を貸すつもりなどないと言っている。
だが、トウヤの名が出たあたりから、その眉がわずかに動いていた。
「あの羽虫め。我を試すか……」
思わず出たグレンの本音に、モモが素早く反応する。
「トウヤはもう、自分を犠牲にするようなやり方を望んでいないよ。そんなことをしても、ビャクヤを救うことができないと知っているから」
モモは、右腕をそっと胸元に抱き寄せた。
「この結晶の腕はね、ビャクヤを昏い檻から救い出すための鍵だと思っているの。何度もビャクヤの声を聞いて、ここへたどり着いたのだから。それにあなたは、その意味を教えてくれた。だからわたしは、それに応えてみせる。ビャクヤも、トウヤも、この島に住まうすべてのオニも、みんな救ってみせる」
すべてをさらけ出し、意志をぶつけてくる娘を、グレンはじっと見つめ返した。
グレンは、すぐには答えなかった。
片手をゆるりと上げ、かたわらに控えていた供の紅鬼たちを、無言のまま部屋の壁際まで下がらせる。
人払いにも似たそのしぐさの後には、囲炉裏の火の揺らぐ気配だけが残された。
長い、長い沈黙だった。
やがて、かたわらに横たえていた金砕棒へと太い腕が伸び、ぎち、と柄を握り直す音が張りつめた空気を揺らした。
おのれの内で、何かを推し量るための所作のように見えた。
「我には、あの繭の主と交わした約束がある。我がこの歳月、門を離れなんだ理由は、それよ」
独り言のようなつぶやきだった。
「よかろう」
囲炉裏の薪が小さくはぜる音のなかに、グレンの声が落とされた。
オニの首領は巨体を起こすと、部屋の薄暗がりに直立不動で控えていた紅鬼たちへ命を下した。
「山に入った人間どもをいぶり出せ。狩りつくさず、恐怖を骨の髄まで刻みこめ。二度とこの海を渡る気が起きぬよう、追い返すのだ」
その言葉への応答に、わずかな間があった。
掟を犯す者には峻厳な裁きを下してきた首領が、人間どもに「生かして返す」などという温情とも取れる指示を出すのは、かつてないことだったのだろう。
紅鬼たちは互いに顔を見交わし、聞き違いではないと察すると、急ぎ、夜の闇へと散っていった。
グレンはモモとシキを振り返ると、「ついてこい」と短く告げて部屋を出た。
関所の堅牢な木扉が開き、冷え切った外気が三人を迎える。
首領が自らおもむこうとするのを見て、門を守る配下たちが、当然のようにその後に従おうと足を踏み出した。
しかし、グレンは歩みを止めずに、それを制した。
「供は要らぬ」
振り返ると、門の配下たちが、身じろぎもせずにこちらを見送っていた。




