↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
41/56

第四十一話 姐さんと色男

 出航から二日。

 船は順調に南へと進路を取っていたが、トウヤのもくろみは、早くも小さなつまずきを迎えていた。


 島への唯一の案内人として船長の手綱を握るはずが、理屈っぽい口調で海図を説明しようとするトウヤの言葉に、船長は耳を傾けようとはしなかった。


「あー、細かい話はいいわよ。アタシは島に着いてからお宝を分捕る算段だけが知りたいの。それまでアンタは、黙って道案内だけしてりゃいいのよ」


 そう言って煙管の煙を吹きかけると、船長は視線をめぐらせる。

 その先には、船乗りたちにまじって大樽を軽々と運び、豪快に笑っているクロウの姿があった。

 表裏がなく、気のいいクロウは、船員たちからもかわいがられ、すっかりこの船になじんでいた。


 船長は、品定めをするようなねっとりとした笑みを浮かべると、声をあげた。


「そこの赤髪! いい身体してるじゃないさ。いつでもアタシの部屋へ来なさい。美味い酒を飲ませてあげるわよ!」

「本当かい? ありがてえや。船長直々のお誘いとあっちゃ断る理由がないぜ!」


 その夜、六角棍を磨いていたクロウの背後に、白い人影が立った。


「やあ、赤髪の。少し耳を貸しなさい」


 外套の頭巾をかぶったトウヤが、不機嫌さを隠そうともせず、つめ寄ってくる。


「なんだよ、白髪。俺はこれから船乗りたちと博打の約束があるんだが」

「約束などどうでもいい。君は、一体どんな不届きな術を使って、姐さんの気を引いているのですか」


 トウヤは真剣そのものの表情で、クロウに疑問をぶつけた。


「はあ? 姐さんって、あの髭面の船長のことか? あいつ、どう見ても男だろ」

「そんなことは百も承知です。ですが、あの人の心は完全に女性でしょう。僕はその本質を突いた言葉を選んでいるというのに、なぜ君が下品に笑うだけで、あの人は嬉しそうに身を乗り出すのですか。これでは僕が、島での主導権を握れません。悔しいですが、君のその、人を惹きつける秘訣を僕に教えなさい」


 大真面目に悩むトウヤの姿に、クロウは呆れ果てて、髪をかきむしった。



    ◇



 その後、トウヤが向かったのは、厨房だった。


「モモ、こんなことを頼むのは気が引けるのですが……。ただ勘違いしてほしくないのは、決して、ビャクヤへの想いが他へ移ったわけではない、ということです」

「え? ……なに?」

「意中の相手の心をつかむには、手料理と酒が有効であると聞き及びました。僕を助けると思って、その準備を手伝ってほしいのです」


 間もなく――宴会中の船長の元へ、やや顔を上気させたトウヤがやってきた。

 その手には、大ぶりの骨付き肉と、飲みかけの地酒の瓶が握られている。


「姐さん、よろしいでしょうか。この船で、もっとも島のことを理解し、そして姐さんに尽くしたいと願っているのは、この僕です。それなのに、どうして僕を放っておいて、こんなところで宴会に明け暮れているのですか」


 トウヤは外套を大袈裟にひるがえし、いつになく芝居がかった振る舞いで、船長の前に立ちはだかった。


「この肉を喰らい、酒を飲み干しなさい。そうすれば、僕の想いが伝わるはずです」

「わははは! なんだいアンタ、急に色気づいたような声を出して!」


 船長は大笑いしながら、トウヤの差し出した肉をひったくるように奪った。


「まぁ、いい心がけじゃないか。アタシの船に乗る男は、これくらい生意気なほうが……」


 と、そこへ、船長の話をさえぎるようにして、酒が回って墨の上まで赤くなった半裸の男が割りこんできた。


「若造! いくら相手をしてもらえねえからって、よりによって姐さんとぼわぁっ!」


 演説をはじめようとした男に、船長の前蹴りで吹っ飛んだ木箱が命中した。

 間髪をおかず、船長はトウヤから酒瓶を奪い取ると、そのまま男の頭上に振り下ろす。


「誰の許可があって、その臭い口を開けているのかしら?」


 船長は割れた瓶の首を握ったまま、足元で目を回している墨の男を見下ろした。


 突然の惨状に、一気に酔いがさめた男たちは、船長の顔色をうかがった。


「野郎どもよくお聞き! お前たちの命の使い所を決めるのは、このアタシ。お宝を分捕るまでは、アタシが立っているかぎり、オニが相手だろうがあやかしが相手だろうが、お前たちはアタシの駒。ここで飲む酒は、その前払いよ。もし、これ以上アタシに異を唱える不届き者がいたら、その場で四肢を切り刻んで魚の餌にしてやるから。それと……アタシを姐さんと呼んでいいのは、あの白髪の色男だけよ! 肝に銘じておきなさい!」



    ◇



 翌日。

 操舵室の片隅で、潮気を吸ってふやけた航海日誌に筆を走らせながら、シキがトウヤに問いかけた。


「なあ、何があったんだ?」


 以前は当たりが強かった船乗りたちのトウヤに対する態度が、一夜明けると、目に見えて変わっていたのだ。


「それが、僕にもよくわかってないのですよ。ようやく僕の価値が、皆に理解されたということでしょうか。それよりも、聞いてください。なぜだか、モモから避けられている気がして……ああ、今すぐに会いに行けないこのもどかしさ、気がおかしくなってしまいそうです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。