第四十話 乗船試験
それからの数日は、瞬く間に過ぎ去った。
今、港には身を切るような早朝の潮風が吹き荒れている。
群青色の海に浮かぶ巨船を前に、桟橋には力自慢から猟師まで、命知らずの男たちが群がっていた。
船の甲板には、腰に手を当てて志願者を見下ろす巨漢と、それを取り巻くように刀傷や彫り物をさらした無頼漢が幾人も立ち並んでいる。
そして、そのかたわらには、外套の頭巾を深くかぶり、冷ややかな目で桟橋を見つめる男、トウヤの姿もあった。
「男手が足りないからって、役立たずを乗せる気はないわよ。アタシの船に乗るからには、オニの頭蓋で酒盛りができるくらいの気概を見せてほしいものだわ」
船長は手すりに片手を置き、指で、とん、とん、と桟橋の男たちを数えながら野太い声を上げた。
真っ先に進み出たのは、黒鉄の六角棍を無造作にかついだクロウと、その隣に並ぶシキだった。
「なんだぁ? おい、小僧! そんな棒切れ一本で、オニと渡り合う気かよ」
せせら笑う男たちを前に、クロウは動じる様子もなく、唇の端を持ち上げた。
「刃物なんざ、いざって時には脂まみれで使い物にならねえもんさ。オニは一体や二体じゃねえんだろ?」
言うや否や、クロウは手近にあった荷積みのための巨大な木箱の隅を、六角棍で軽く払ってみせた。
凄まじい風切り音とともに、六角棍がかすめた部分だけが木っ端微塵に砕け散る。
その腕っぷしに、船長は「ほう」と面白そうに目を細めた。
「いいじゃない。そっちの白装束は、何を見せてくれるんだい?」
シキは袖を払い、一歩前に出た。
「航海士として。僕は潮流の配置から正確な海図を描き出すことができます。船長、あなたが行こうとしているのは、船乗りたちが忌避する霧の海域。僕なら、星が見えず、視界がさえぎられた夜の海でも、正確な情報で船を島へ向かわせることができますよ」
シキが差し出した近海の潮流図を検分し、船長は満足げにうなずいた。
「気に入ったわ、二人ともアタシの船に乗りなさい」
二人の乗船が決まると、続いて、トウヤの衣を仕立て直した上着をまとったモモが進み出た。
「おいおい、冗談だろ。嬢ちゃん、遊覧船なら乗り場が違うぜ」
手下たちが下品に笑うなか、モモはひるむことなく、ふところから油紙で巻かれた胡桃ほどの大きさの飛礫を取り出した。
異国の閃光玉と聞いていたが、シキが富商の蔵から持ち帰ったのは、音ばかり大きい癇癪玉だった。
飛礫は幾晩も、硝子の右手に握らせておいたものだ。
「わたし、オニの眼を奪う、特別な道具を持ってきたの」
モモが凛とした声を響かせると、船長が不審げに眉をひそめる。
「道具だって? まあ、見るだけ見てやるわよ。それで、何ができるっていうのさ」
モモは左手を振りかぶると、桟橋と甲板に集まった全員の視線を自らに集中させた。
そして思い切り、飛礫を桟橋にたたきつけると――炸裂音とともに、まばゆい閃光が奔った。
周囲の男どもが一斉に悲鳴を上げ、目をおさえて、その場で腰砕けになった。
「うわああっ!」
「目が、目が潰れる!」
光の残響が収まったとき、船長は甲板の手すりを強くつかんだまま、固まっていた。
「オニは、闇夜を見通す紅い眼をしてるの。でも、この道具を使えば、その眼をくらませることができる。どう?」
モモはまっすぐに船長を見上げて、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
船長のかたわらへ、外套姿の案内人がすっと歩み寄り、耳元でささやいた。
「オニが夜目の化け物だというのは、本当です」
「あら、そうなの」
「ええ。ですが、妙ですね。オニの眼のことは、直接対峙して生き延びた者でなければ、知り得ないはずなのですが。あの娘、なぜ知っているのでしょうね」
モモは、さらに一歩進み出た。
「それにね、給仕なら、十二のときからずっとやってきたから得意なの。長旅になるでしょう? みんなの食事の支度も引き受けるよ」
驚きから復帰した船長は、しばらくモモを見つめていたが、ニィと愉快そうに笑った。
「へえ、その妙な道具だけじゃなくて、給仕役まで買って出るっていうのかい。面白いじゃない、アタシの船に乗りな!」
乗船の許可を勝ち取ると、モモはすそを払い、船長にお辞儀を返した。
ふと視線を感じて顔を上げると、他人のふりを貫き通しているはずのトウヤが、外套の隙間から、優しい目を向けていた。
モモは平静を装い、駆け足で甲板へと乗りこんだ。
先に甲板へ上がっていたクロウが、モモの様子から何かを察したのだろう。
六角棍の石突で、甲板の板を一度、鈍く突いた。
それを横目にシキは冷ややかな顔をしていたが、握った拳の白さは、クロウ以上にざわついた内心を隠せていなかった。
船に乗りこむまでは、上々の首尾だった。
ここからは船内の様子をうかがいながら、計画どおりに動くだけだ。
陽が高く昇ったころ、船は錨を上げた。
風を受け、波を切り、それぞれの想いを乗せて、南の海へ向けて出航した。
もう、引き返すことはできない。




