第三十八話 針と糸
夜回りを終えた二人が家の木扉を開けたとき、室内にともるあたたかな光のなかに、モモと、見慣れない人影があった。
「やはり、そのままだと大きすぎますね。少し身幅をつめましょう」
モモはトウヤの衣を羽織った状態で、木机のかたわらに立っていた。
モモ自身が針を持とうとしたものの、その危なっかしい手つきを見かねて、今はトウヤが針と糸を手にしている。
モモの背後から、至近距離で衣の布地をすくい、細やかに縫い合わせていた。
寸法を合わせるために、長い指先がモモの肩や背に触れ、トウヤのかすかな吐息が耳元をかすめていく。
モモは緊張のあまり、ほんのりと頬を染めて硬直していた。
背後にいるのは、あの朝、折られた片翼のそばで骸になっていた人だ。
その指が、今は針を運んでいる。
そう思うと、緊張とは別のものが、喉の奥にこみ上げた。
針を運ぶトウヤの所作は、あくまで職人のそれだった。
ただ、その合間。
モモの首筋にかかる髪をそっと払った指先が、一瞬だけ、名残を惜しむようにとどまる。
背後で、トウヤが深く息を吸うのがわかった。
布越しに立ちのぼる、この腕の気配をかぐように。
そのまなざしが自分と弟のどちらへ向けられたものなのか、モモには判じかねた。
扉の開く音に、トウヤの手がぴたりと止まる。
モモの肩越しに、ゆっくりと視線が向けられた。
モモとの距離を馴れ馴れしく保ったまま、不敵に口元をゆがめる。
「おや、お帰りのようですね。君たちが、モモの言っていた『大切な連れ』ですか。はじめまして」
その挑発的な挨拶に、クロウとシキの眼が据わるのが、モモにはわかった。
一触即発だった険悪な空気は、モモの必死の仲介によって、かろうじて解きほぐされた。
挨拶を最低限に済ませた後、二人の視線はトウヤの手元へと注がれている。
トウヤが細い針を動かし、モモの身幅に合わせて縫い進めていたのは、外套とは別に持っていた、あやかしの加護を織りこんだ彼自身の衣だった。
「島を包む濃霧に身を溶けこませ、オニの目をあざむくことができます。何より、その宝石のごとき右腕を人目にさらしたまま船に乗れば、強欲な海の男どもに何をされるかわかったものではありません」
やがて最後の糸が切り落とされ、モモの身体になじんだ上着が完成する。
少し大きめの袖が揺れるものの、結晶化した腕は、他者の目から完全に覆い隠されている。
「よく似合っていますよ、モモ」
トウヤが満足げに微笑み、その細い指先で、モモの髪の端を優しく整える。
そのあまりの距離の近さに、クロウの眉間が、ふたたび深くゆがんだ。
「素晴らしい腕前だ、トウヤ殿」
シキが二人の間に割って入り、トウヤの視線をさえぎった。
「衣の件は感謝する。あらためて今後の進路について膝を交えたいところだが、あいにく夜が更けすぎている。僕らも夜回りの疲れがある。続きは明朝、夜明けとともに始めよう」
明らかな、退室のうながしだった。
トウヤは肩をすくめると、外套の頭巾をゆるりとかぶり、裁縫道具を片付けはじめた。
「それは賢明な判断です。モモの部屋の片隅で、僕もともに寝泊まりしても構わないのですがね?」
トウヤが、いたずらっぽくささやく。
「ふざけんな、この白髪野郎が……!」
クロウが拳を握りしめて飛びかかろうとしたが、トウヤは身軽な動作で木扉へと退いた。
「冗談ですよ。今日のところは大人しく退散するとしましょう。では、また明朝」
食えない笑みを残し、青年は夜の闇へと去っていった。
後には、二人の苦々しい沈黙と、モモの困ったような笑顔だけが残された。




